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神武天皇即位紀元
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6.元年を西暦紀元前660年とする根拠と妥当性
6.1.元年を西暦紀元前660年とする根拠
『日本書紀』神武天皇元年正月朔の条に次のような記述がある。

「辛酉年春正月庚辰朔 天皇即帝位於橿原宮是歳爲天皇元年」
読み下し文辛酉年かのととり春正月はるむつき庚辰かのえたつついたち天皇すめらみこと橿原宮かしはらのみやに於いて即帝位あまつひつぎしろしめす。是歳ことし天皇元年すめらみことはじめのとしと爲す)

? 『日本書紀』卷第三 神日本磐余彦天皇
ここでの「辛酉年」は西暦紀元前660年にあたる。その理由は以下のとおりである。

『日本書紀』の紀年法は、元号を用いる以前はその時の天皇の即位からの年数で表している。また、天皇の崩御の年の記載もあり、さらに歴代天皇の元年[注 8]を干支で表している[注 9]。『日本書紀』のこれらの記述から歴代天皇の即位年を遡って順次割り出してゆけば、神武天皇即位の年を同定できる。これを行って神武天皇の即位年を算定すると、西暦紀元前660年となる。

外国の歴史書では、『宋史』日本国伝(『宋史』卷491 列傳第250 外國7日本國[12])に「彦瀲第四子號神武天皇 自築紫宮入居大和州橿原宮 即位元年甲寅 當周僖王時也」とあり、ここでは神武天皇の即位年は僖王きおうの時代[注 10]甲寅紀元前667年)としている[注 11][注 12]。一方、三善清行革命勘文において神武天皇即位を辛酉の年とし[注 13]、これは僖王3年に当たると述べている[13]

明治維新後、前述のように神武天皇即位が紀元と定められ、上記の『日本書紀』の記述に基づいて紀元と元号との対応関係が規定され、公文書などに用いられることとなった。また、神武天皇が即位したとされる「辛酉年春正月庚辰朔」はグレゴリオ暦の紀元前660年2月11日に比定された[注 14]。これに基づいて政府は「年中祭日祝日休暇日ヲ定ム」(明治6年太政官布告第334号)[14]2月11日紀元節と定めた(詳細は「紀元節」を参照)。


魏志倭人伝に記述がある通り当時の日本は春分の日と秋分の日で一年と数えており太陽暦で数えている訳ではない。そして、日本書記とは正式な国史である為太陽暦に換算せずに書いたと考えれば辻褄が合う。

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出典:Wikipedia
2020/02/17 06:00
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