新東名高速道路
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3.歴史
3.1.東名の限界
東海道メガロポリスを貫く戦後日本の新しい動脈として開通した東名高速道路(以下、東名)だが[33]、ほどなく都市通過地域を中心に混雑が目立ち始め、特に東京 - 厚木間は休日ともなると高速道路の態をなさないほど渋滞が酷くなった[34]。このため建設省は割合早い段階から東名の代替路線の必要を認識した。1971年(昭和46年)4月には調査を開始し、この時点で道路規格第1種第1級、設計速度120 km/h、往復6車線として構想され、のちの新東名で採用された幾何構造がこの時すでに考えられていた[34]

しかし、第二東名の計画は遅々として進まなかった。地形的な条件が厳しく、資金を要するためである[35]。なお、東名の増強案としては、並行する東海道新幹線を2階建てにしてその上に第二東名を建設する案、東名を2階建てにする案、並行する国道1号のバイパスを建設する案、東名の交通集中著しい区間を往復6車線化する案が挙がった[36]。この内、2階建て案は資金がかかり過ぎることが予想され、何よりも新幹線と高速道路の線形は全く異なり、インターチェンジを造ることも難しい[36]。なお、一部の人からは国土開発幹線自動車道建設法(国幹道法)で定められた7600 kmの高速道路の建設を終了してから第二東名の建設を検討すればいい、という意見も出た[37]。だが、そうした悠長なことを言っていられないほどに東名の混雑は年々酷さを増した。1979年度のデータでは、東京 - 川崎間で既にキャパシティを超え、平均時速で見ると、東京 - 横浜間、静岡 - 焼津間、音羽 - 岡崎間、春日井 - 小牧間などで時速70キロを下回り、国際水準で見ると高速道路の概念に入らないような低速ぶりであった[38]

東名、名神の渋滞がなぜ他の道路(高速、一般を問わず)よりも抜きん出て問題視されるかといえば、日本の経済活動を支える貨物輸送の主流が自動車であり、船や鉄道、飛行機に比べてもその比率は9割と圧倒的であるが、そのかなりの部分を東名、名神が担っているからである[39]。これは1977年度の調査であるが、東名、名神の1年間に輸送された貨物総量は約15億トンで、これは国道、都道府県道、市町村道を合わせた全道路の約14パーセントを東名、名神が担っていることになる。東名、名神の路線延長は536 km、全道路の0.0005パーセントに過ぎない道路にこれだけの貨物が集中している訳である[40]

この異常なまでの東名、名神に対する分担率が日本経済に与える影響を一部垣間見させたのが日本坂トンネルにおける火災事故であった[41]。1979年(昭和54年)7月に発生したこの事故は、173台の車が焼失し、事故から完全復旧に至るまでまる2か月を要したが、この間は並行する一般国道が代替道路として利用された[42]。だが、一般国道が東名のバイパスとなり得ないことは明らかで、これは同じ日本の大動脈である東海道新幹線と全く同様の弱点でもあった。なぜなら、東名、名神、東海道新幹線とも、そのポテンシャルがあまりに図抜けており、リリーフ役の並行する一般道路や在来線との格差が大き過ぎるためである[42]。東海道新幹線の場合、一列車あたり約1000人の乗客を200 km/h以上のスピードで時間あたり10本以上の高頻度で高速輸送するが、これを並行する東海道本線のローカル列車がその代役を果たそうとすることは土台無理な話で、東名の場合も並行する国道では東名の代替を果たすには荷が勝ち過ぎるのである。果たして、日本坂トンネルを迂回した車が国道1号や国道150号バイパスに流れ込んだ途端に、場所によっては40 kmの大渋滞が発生するなど麻痺状態に陥る有様であった[42][43]。なお、普段の国道1号における普通車と大型車の比率は概ね4対1であるが、日本坂トンネル事故の期間中は1対1となった。つまり、普段25パーセントの大型車混入率が50パーセントに跳ね上がった訳で、これなど東名が普段からいかに大量の長距離大型トラックの輸送を担っているかを示す証左である[42]

この事故によって「カンバン方式」を採用するトヨタ自動車に対して部品や材料が時間通りに届かないことによる組み立てラインの停止など産業への影響が少なからず発生した。地域によってはゴミ収集や郵便配達の停滞、果てはスーパーなどで売られる野菜や魚などが品薄になって値上がりするなど市民生活にも大きな影響が出た[40]。なお、静岡、愛知、兵庫などの野菜生産地から東京への輸送は100パーセント東名、名神を利用しており、自動車産業におけるジャスト・イン・タイム輸送方式は生産行程の合理化に役立っているが、それは高速道路利用による時間厳守の確実な輸送によって成り立っている[44]。また、長距離輸送のワンマン運転を可能にして物流の合理化に寄与し、翌日に配達されるという宅急便のシステムも高速道路の力に負う所が大きく[48]、このことからも東名、名神が日本の経済活動に深く関わっていることが判るのである。なお、焼失した173台のうちの7割にあたる127台がトラックで、そのナンバープレートに刻印されていた地名は、東北地方を除いてほぼ日本列島の全域をカバーした[41]。そして焼けた積み荷の中身は、自動車部品、農産物、金属材料、ゴム、紙ロール、水産物、清涼飲料などあらゆる産業の材料、製品が含まれ、これらによっても東名が果たしている役割の一端が垣間見えるのである[41]

東名の混雑度も当初は部分的に散見されたものが、1980年頃にはほとんど全線に渡って過密の状態に立ち至り[49]、日本の産業構造が東名、名神に支えられている状況を見るにつけ、いよいよこれ以上放置しておくことは出来ないレベルまで到達した[50]。そして渋滞のみならず、上記に見る日本坂トンネル火災事故をはじめとした交通事故、あるいは由比ヶ浜付近の台風や高潮による通行止めの頻発[51]、さらには東海東南海地震が発生した際には大動脈が一本だけでは経済面や災害対応でも大いに問題があることから、何らかの対策を必要とする時期に差し迫ってきた[52]

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出典:Wikipedia
2018/10/15 09:30
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