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戦艦
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4.戦艦(および戦艦と名のつく艦)の種類
戦艦という艦種の始祖とも言えるのが前弩級戦艦である。ドレッドノートが登場する以前の戦艦という事で、前弩級と呼ばれる。主砲を4門以下、10-15.2cmの副砲を多数搭載する。また水雷艇が登場すると、これを撃退するために7.6cm砲を多数追加した艦も存在する。例外的にドレッドノート以前にも4門を超える主砲を搭載する艦もあるが、後述する理由でこれらは前弩級戦艦に含める。
最初は主砲による遠距離砲戦から始まるが、この段階で主砲弾が命中する事はほとんどなく、やがて接近して副砲を含めての撃ち合い、さらには衝角による体当たり攻撃で決着をつけるというのが、基本的な前弩級戦艦同士の戦いであった。しかし衝角は戦艦の時代において実戦で役立った例が無く、むしろ衝突事故の際に被害を拡大する結果となり、後述の弩級戦艦の時代には消滅した。
日本海海戦で主砲による長距離砲戦の有効性が示されたため、後述する弩級戦艦へと発展していく。 前弩級戦艦が大型化・発展していく過程で、主砲と副砲以外に、17-25.4cmの中間砲(装甲巡洋艦の主砲クラス)を搭載するか、副砲自体が発展したものを指す。弩級に準じる砲力を備えるという事で準弩級と呼ばれるが、主砲、中間砲、副砲、対水雷艇用の小型砲と4種類もの砲を制御するのは極めて困難だった。特に弩級戦艦との遠距離砲戦では主砲射程の違いから太刀打ちできないとされた。近距離砲戦では中間砲の速射性からくる豊富な弾量が相応の威力を発揮できたが、そもそも弩級艦の多くは準弩級戦艦より高速であり、自由に戦闘距離を選ぶことができるため圧倒的不利は変わらないとされた。そのため特に分類せずに前弩級戦艦に含める場合も多い。
弩級戦艦の時代になってから、主砲用と別に中間砲・副砲用の射撃管制装置を追加したものがあり、この改良を加えた艦は本当に弩級に準じる砲力を備えていたとも評された。 28.3-30.5cm位の主砲を同じ口径(この場合は砲身長を指す)で8-14門装備する戦艦。前弩級戦艦では遠距離砲撃での主砲弾の命中はほとんど期待できなかったが、主砲の数を増やす事により命中率を増した。また、ただ単に主砲を多数搭載するというだけでなく、艦橋から一元的に各砲台に方位・距離を指示する事によって、遠距離砲戦に対応した。これ以前にも少数ながら4門を超える主砲を搭載した戦艦は存在するが、射撃指揮は各砲台でめいめいに行う撃ち放し式であり、遠距離砲戦で命中が期待できない事に変わりは無かった。
弩級の名称は、その始祖である英国戦艦ドレッドノートに由来する。ドレッドノートの場合は主砲を10門搭載すると同時に、軽量化のために中間砲・副砲を一切廃止し、対水雷艇用の小型砲だけを残すという徹底振りである。しかし、他国海軍の弩級戦艦の中には副砲を残したものが多数あり、ドレッドノートのその選択は誤りだったと言われる。その後英国戦艦も対水雷艇用の小型砲をより大型化し、事実上副砲が復活した。弩級戦艦に搭載する副砲は、近距離砲戦用というよりも、むしろ水雷艇に変わって脅威となった駆逐艦に対抗するために高威力よりも速射性能を重視したものとなった。
なお、大日本帝国海軍の河内型は、通常は弩級戦艦に分類されるが、実際には30.5cm(50口径)砲と30.5cm(45口径)砲を混載しているため全砲門に対する一元的な射撃指揮ができないことから、実質は準弩級戦艦であると注釈される場合が多い(海人社世界の艦船シリーズなど)。ただし50口径砲の初速を抑える事で、弩級戦艦的な運用が可能ではあった。 30.5cmを超える34.3cmの主砲を搭載する戦艦(オライオン級戦艦)が登場すると、マスコミは弩級を超えるという意味で、超弩級戦艦と報道した。ただしこれらは単に主砲の口径の違いによるものであり、弩級戦艦と基本的な構成においては差異がある訳ではない。重要なのは主砲口径と艦体サイズへの枷が取り払われたことで、超弩級戦艦の出現により大艦巨砲時代は本格的に開幕した。
主砲口径でオライオン級戦艦と同等以上の艦を超弩級と定義するのが一般的だが、前弩級戦艦の時代にも34.3cm、あるいはもっと大口径の主砲を持つ戦艦が存在した。また、32cm砲搭載のイタリア戦艦は弩級か超弩級か、あるいは28.3cmのドイツ戦艦の主砲は30.5cmの英国戦艦に威力で匹敵すると言われていた事もあり、「なら30.5cm主砲のドイツ戦艦は超弩級ではないか」といった、種々の異論が存在する。 巡洋戦艦とは、その発祥において装甲巡洋艦の主砲を戦艦並みに強化した、戦艦よりも高速の艦である。一方で防禦力を犠牲とし装甲巡洋艦と同程度に抑えているが、強化している艦もある。こういった艦を、この艦種名で建造したのは、英国および日本のみである。
ドイツは英国巡洋戦艦に対抗して、同時期のドイツ戦艦よりもひとクラス小型の主砲と、若干劣る程度(ただし英国戦艦とは同等)の装甲を持っている艦を建造している。これらの艦はドイツ海軍では「大巡洋艦」に分類されており(大巡洋艦は、他国海軍でいう所の装甲巡洋艦重巡洋艦を含む艦種)、英国巡洋戦艦とは性格が異なるものの、英国巡洋戦艦に対抗する艦種という事で巡洋戦艦に分類されている。
ユトランド沖海戦で防禦力を妥協した英国巡洋戦艦の問題点が露呈したため、一部の艦は防禦力強化の改修がなされた。金剛型は巡洋戦艦として建造されたが、第一次改装において装甲を増した際に速力が26ノットまで低下したため戦艦に類別変更され、第二次改装で機関を強化したことで再び30ノットの速力を得た際に(対外的には戦艦のままであったが)海軍内部の取り扱いが高速戦艦に再度変更された。
またドイツ海軍が戦艦として建造したシャルンホルスト級と、アメリカ海軍が大型巡洋艦として建造したアラスカ級も、巡洋戦艦に分類される事が多い。
特異な例として、旧ソ連海軍のキーロフ級ミサイル巡洋艦は、排水量ではドレッドノートを上回る大艦であり、ジェーン海軍年鑑において巡洋戦艦に分類されている。しかし現代的なミサイル艦が大型化したものであって、いわゆる第二次世界大戦までの巡洋戦艦とは全く性格が異なる艦である。 ユトランド沖海戦(独語読みでは ユートラント、英語読みではジャトランドであるが、日本では『ユトランド』あるいは『ジュットランド』なる、独語と英語を混ぜたような読み方が定着している)以降に、この教訓を取り入れて新造・ないし改装された戦艦・巡洋戦艦の事。具体的には戦艦は速度の向上、巡洋戦艦は防御力の向上、そして戦艦・巡洋戦艦を問わず、それまで顧みられる事の無かった水平防御の向上がなされた。弩級・超弩級戦艦の砲戦距離の増大に伴い、放物線を描いて飛来する砲弾は、舷側ではなく甲板に命中する事が多くなった。主な艦では大日本帝国海軍の長門型が相当する。
なおユトランド沖海戦以前に建造された戦艦・巡洋戦艦でも、第二次世界大戦前までにこの海戦の戦訓に基づいた大改装を行い、速度あるいは防禦力を強化した艦は多数存在し、日本では金剛型以降のすべてが改装を受けている。 ワシントン海軍軍縮条約第二次ロンドン海軍軍縮条約の規定に基づいて建造された戦艦。条約によって戦艦の進歩に枷がはめられる事になったため、見るべき技術的特徴はない。日本においては前者は戦艦の新造の禁止という形になり、後者については批准していない。よって日本ではこのカテゴリに属する戦艦の建造はなされていないため、この言葉はあまり用いられない。 海軍休日時代が明けた1937年以降(ロンドン条約に参加しなかったフランス・イタリアにおいてはさらに数年前)に起工された戦艦。対空火力の大幅な強化と速力の増大(最低でも27ノット)が特徴で、主砲や砲弾、照準機器の性能向上により最大3万メートル前後の戦闘距離を確保している。
それまでの条約型戦艦とは次元違いの戦闘力を有するが、それは海軍休日時代の技術進歩を計画時から取り入れることができたからで、海軍休日という世代間断絶あってこそのレベル差でしかない。従って特に明確なコンセプトを持って生まれた新艦種ではなく、「新」戦艦と呼ばれるのも10-15年に及ぶ建造休止期間が明け「新たに」建造された戦艦という意味である。
一方で大和型戦艦を例外として、第2次ロンドン条約の影響もあり、主砲の大口径化には歯止めがかかり、従来戦艦並み、あるいはやや口径を抑えたものも存在する(主砲口径を増大させた艦の建造は構想のみで終わっている)。速力の増大という観点では後述の高速戦艦の分類と重なるものであり、それに含める事も多い。 超弩級戦艦の登場以降において、戦艦の火力・防御力と巡洋戦艦の速力を融合させた「走・攻・防」3拍子揃った戦艦。英国戦艦クイーン・エリザベス級(24ノット)を始祖とする。コストや建造施設の制約からなかなか普及しなかったが、ユトランド沖海戦の結果、高速戦艦が戦艦の理想形であると再確認された。つまり前述のポスト・ジュットランド型ともほぼ重なる。例えば巡洋戦艦フッドは防禦力を戦艦並みに強化しており、事実上は高速戦艦と称すべきではないかという意見もある。日本の長門型(26ノット)も「ポスト・ジュットランド型戦艦」であると同時に「高速戦艦」でもあると言えるが、対外的には23ノットと発表され、またその後の改装で速度が低下したため、高速戦艦としての知名度は低い。
「新戦艦」は、「走・攻・防」3拍子揃った戦艦という意味において、全てが高速戦艦に該当すると言ってもよい。
しかしながら、高速戦艦という用語は軍によって公式に定められた艦種でなく、何をもって高速戦艦であるかという明確な定義が存在せず曖昧である。例えば、新戦艦の中においては比較的速度が低い(27ノット程度)イギリス海軍のキングジョージV世級や大日本帝国海軍の大和型は、高速戦艦には含まない事が多い。一方でアメリカ海軍のノースカロライナ級サウスダコタ級も同程度の速度だが、これらの艦については高速戦艦扱いする文献が少なくない。そもそも高速戦艦の始祖たるクイーン・エリザベス級からして、防御面で妥協している「巡洋戦艦的」な艦である。
逆に、単に高速の戦艦という意味では、クイーン・エリザベス級戦艦以前の戦艦も高速戦艦扱いする場合があり、例えばイタリア戦艦ダンテ・アリギエリ(24ノット)はこの時代の戦艦としては卓越した速度性能を持つため、高速戦艦に含まれる場合がある。
ただし例外もあり、フランス海軍のダンケルク級は、フランス海軍の公式呼称においてcuirass? rapideと分類されており、従来の戦艦のcuirass? d'escadreと区別されていて、公式艦種として高速戦艦であるといえる。また艦種名ではなく作戦用語という事になるが、太平洋戦争中に大日本帝国海軍の内部において作戦立案等に用いられた公式用語では、30ノットを出せる金剛型4隻のみが「高速戦艦」として別扱いをされ、30ノット未満しか出せない他の「戦艦」と区別されていた。 戦艦としての大口径砲を装備し、かつ航空母艦又は水上機母艦に準ずる航空機運用能力を持っている軍艦の事。航空母艦の黎明期においては、まだ航空母艦それ自体のコンセプトが固まっていなかった事と、当時はまだ航空機の航続力が小さく航空母艦も砲戦の機会があると考えられたため、一定の水上戦闘能力が必要と考えられ考案された艦である。
最初の航空戦艦と呼べる艦はフューリアスであり、建造途中よりの設計変更で艦前部に飛行甲板、後部に主砲という姿で完成した。本艦は空母の基本構成を模索する過程で生まれた徒花と呼べる存在で、空母という艦種の基本構成を固める上で重要な役割を果たした艦である。その後ワシントン海軍軍縮条約によって空母の備砲の制限(空母の名目で戦艦に匹敵する砲力の艦を建造するのを防ぐため)がなされたため、この種の艦は建造されなかった。
条約明けの海軍休日時代以降様々な航空戦艦が提案されたが実現例はなく、伊勢型の2隻のみが既存艦よりの改修という形で、航空機24機を搭載する航空戦艦となった。しかし搭載すべき航空機が無かったがために、航空戦艦としての実際の運用はなされないままで終わった。 ヴェルサイユ条約の制限下においてドイツが建造したドイッチュラント級装甲艦は、正確には戦艦とは言えないが、マスコミはこぞって「ポケット戦艦」としてもてはやした。日本では豆戦艦とも言われた。主砲は28.3cmを6門搭載し弩級戦艦に匹敵する火力を持つが、装甲防御は巡洋艦レベルでしかなかった。しかし「速さで戦艦に、攻防力で巡洋艦に優る」というドイツの宣伝上手にフランスの世論は危機感を抱き、結果として新造艦の予算がつかなかったフランス海軍にダンケルク級戦艦の建造を承認させ、これに始まる独仏伊の建艦競争の引き金となり、欧州の新戦艦建造に大きな影響をもたらした艦である。 主に中小国海軍において沿岸防衛に用いられる、低速で(戦艦に比べれば)小型の艦。艦体に比して大型の主砲を搭載する。前弩級戦艦並みの砲力を持つものは立派な小型戦艦と言えるかもしれないが、巡洋艦程度の砲力しか持たない艦も海防戦艦と呼ばれており、これらまで含めて戦艦と呼ぶ事には異論もある。なお、これらの艦は防御力において重巡洋艦から前弩級戦艦くらいの装甲を持つ。 いわゆるミサイル巡洋艦ミサイル駆逐艦という艦種が存在するように、戦艦においてもミサイル戦艦という艦種が構想された事がある。1950年代においてアイオワ級戦艦をミサイル艦化しようという構想があったが、結局実現しないままに終わった。
ニューメキシコ級戦艦の「ミシシッピ」は1950年代の改装でテリア対空ミサイルシステムを搭載したが、これは練習兼砲撃実験艦という位置づけによってであり、実戦用の艦としてのミサイル戦艦ではない。1980年代において、アイオワ級戦艦の現役復帰に伴いミサイル装備が行われたが、追加装備的なものであり、本格的ミサイル戦艦とは言い難い。
1990年代後半のアメリカ海軍においては、『21世紀の戦艦』と銘打ったアーセナル・シップと呼ばれるミサイル艦の開発計画があったが、結局実現はされなかった。上述の通り、ミサイルは小型艦にも搭載できる兵器であり、あえて戦艦クラスの大型艦に搭載する必要性が小さい事が、最大の問題点である。
その点で例外と言えるのが、旧ソ連海軍のキーロフ級ミサイル巡洋艦である。名前こそ巡洋艦であるが、初期の戦艦を排水量で上回る大型艦であり、ジェーン海軍年鑑はこれを巡洋戦艦に分類している。搭載するP-700グラニードは、長射程の大型ミサイルであり、戦艦クラスの大型艦にしか搭載できない兵器である。ただしこのような高コストのミサイルの必要性そのものに疑問が投げかけられ、ロシア海軍ではより小型で射程距離を妥協したP-800をP-700の後継とした。キーロフ級の搭載ミサイルも、順次置き換えられているが、あえてこのクラスの大型艦を建造する必要性は失われている。
[4]前ページ
(3.5.機関)
[6]次ページ
(5.「戦艦」以外の巨砲搭載艦船)
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出典:Wikipedia
2020/01/09 19:30
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