仙台市
▼人気記事ランキング
7.歴史
7.6.明治から戦前まで
明治政府による中央集権体制下、仙台には東北地方の拠点都市として、国の出先機関の設置が進められた。また、1887年(明治20年)には旧制二高1907年(明治40年)には東北帝国大学といった高等教育機関が設けられた。

仙台藩の諸施設は接収され、明治政府によって転用された。仙台城二の丸には陸軍第二師団司令部と歩兵第三旅団司令部、現仙台国際センターには工兵第二連隊司令部、現榴岡公園には歩兵第四連隊司令部が置かれ、輜重兵第二連隊(現亀岡住宅)騎兵第二連隊第二連隊(現東華中学校の他、練兵場(仙台城三の丸)、宮城野原練兵場(現宮城野原公園総合運動場および仙台貨物ターミナル駅ヤード)および飛行場(現国立病院機構仙台医療センター、射撃場(旧警察学校〜現台原小学校)、工兵作業場(現東北大学青葉山キャンパス)偕行社(現西公園、招聘社(仙台城本丸 現宮城縣護國神社が置かれた。

第二師団が置かれて「軍都」となり、(旧制)第二高等学校が置かれて「学都」となった仙台は、殖産興業の時代に工業ではなく、これら「第二」が付く陸軍や学校の消費活動に都市経済が依存していたため「第二都市」と呼ばれた[58][59]

1887年(明治20年)12月、日本鉄道の上野 - 塩竈間(現:JR東北本線)が開通、それ以前には数日間を要していた仙台〜東京間の移動が、半日程度に短縮された。

1889年(明治22年)には市制が施行され、仙台区は仙台市となった。当時の人口は90,231人であり、国内第8位の規模であった。1923年(大正12年)、周辺町村との合併が初めて行われ、長町原町、南小泉地区が編入された。これ以降も仙台市は、周辺市町村との合併を繰り返した(→市域の変遷)。

20世紀初頭における仙台市政の目標は、五大事業[注 9]を内容とする都市計画事業と、商業・軍事・行政都市から工業都市への転換であった[60]1926年(大正15年)に仙台市電が開業した。

[4]前ページ
(7.5.幕末から明治維新まで)
[6]次ページ
(7.7.第二次世界大戦と仙台空襲)
~目次に戻る
出典:Wikipedia
2019/09/19 18:01
ソ人気記事ランキング
2019/09/22 更新
 1位日本
 2位逆鉾昭廣
 3位9月21日
 4位清須会議 (小説)
 5位プレーオフ
▲上に戻る
[9]Wikipediaトップ
[0]gooトップ
免責事項
(C)NTT Resonant