サービス終了のお知らせ
杉浦忠
▼人気記事ランキング
2.プレースタイル
2.2.各選手による評価
野村は、「対戦した中で一番凄かったのは稲尾だけど、おれが受けた中では杉浦が最高のピッチャーだ。右打者の背後からカーブが曲がってくるんやで。背中を通る軌道の球がストライクになってくる。しかも真っすぐは明らかに浮き上がってきた」「内角への速いスライダーを右打者に投げさせてみたら、面白いようにバットが折れてさ。本当に楽しかったよ」[15]「日本プロ野球界で数少ない本格派のエース」[32]と賛辞を贈る一方、「捕手としてバッテリーを組んでいると、実に退屈だった。杉浦の投げたいように投げさせていれば、まともな打球は飛ばない。捕手の出る幕はなかった」[33]とも語っている。

1954年1955年に2年連続で最多勝を獲得した、ホークスの同僚、宅和本司は「杉やんの投球を見た時に『上には上がいた』と愕然とした。ピッチングの哲学にしても、ボール一つ無駄にしない。だから私の知る限り、杉やんが敬遠したのを見たことがない。四球を嫌って、いかに最少投球数でアウトを重ねるかを考えた。阪急の山田久志も素晴らしいアンダースローだったがタイプが違った。杉やんは下から投げるんだが、手首が立って上から投げる軌道を描く。西鉄戦は杉浦と稲尾のエース対決になるわけだが、私がブルペンに行こうと思ったら、親分(鶴岡)に『お前はベンチでジッとしとけ』と止められた。今日はリリーフはいらんということだろう。それほど信頼されていた。38勝した2年目なんていつ負けるんだろうと思って見ていた。もうあんなピッチャーは出てこない」と語っている[15]

1959年の日本シリーズでの杉浦について、長嶋は、「地面に沈み込むようなアンダースローの右腕から投げ込まれる速球が、右打者の背中から外角へと走っていく。まったく打てませんでした」と述懐している[15]

張本勲は、「パ・リーグの投手のトップ3は、稲尾、杉浦、そして、土橋正幸」、「すごいのは杉浦さんのカーブ。ウチの西園寺昭夫さんは『当たる!』と尻もちをついた。それが、ググッと曲がってストライク。これを見た杉浦さんがクスクス。つられて球審さんまでクスクス(笑)」、「杉浦さんは「オレのカーブは大き過ぎて困ったんだ。もう少し小さく鋭く曲がるヤツが欲しいなあ」と嘆いていましたが、何というぜいたくな嘆きでしょう」などと回顧している[34]。また、アンダースローの投手では「1.杉浦忠、2.秋山登、3.山田久志」の順で球の威力がある投手と評している[35]

山田久志は杉浦のカーブについて次のように回顧している[36]。「私は杉浦さんの現役時代にかろうじて間に合ってるんです。これは幸運だったですね。杉浦さんのカーブが信じられない曲がり方をするので『カーブについて教えてください』と頼み込んだことがありました。杉浦さんは快く『来なさい』と大阪スタヂアムのロッカーに連れて行ってくれた。で、カーブの投げ方を見せてくれたのですが『エーッ!?』でした。説明するのは難しいのですが、とにかくあんな投げ方はできっこありません。ただ、ヒジから上が立ったままなのは、私と同じでした。これでないとサブマリン投手のボールは速くならんのです」。

1958年の秋、セントルイス・カージナルスが来日しての日米親善野球では、カージナルスの14勝2敗という成績であったが、日本の2勝のうちの1勝は、杉浦が完投勝利(9対2)したものであった。三振したカージナルスの4番、スタン・ミュージアルは、帰国の際に「あの21番を付けたピッチャーが、もっとも印象に残った」とコメントしている[37]

プロ野球ここだけの話』第17回「潜航御礼!サブマリンここだけの話」に於いては、松沼博久・山田久志・渡辺俊介の三名が歴代のアンダースロー三傑について問われた際、三者とも一致して名を上げた投手が杉浦であった[38][39]

なお、杉浦自身が、打者として対戦してみたい投手は「自分自身」であるという。理由は「自分の投げる球がどれほどのものか見てみたいから」と語っている。

[4]前ページ
(2.1.投球スタイル)
[6]次ページ
(2.3.稲尾とのライバル関係)
~目次に戻る
出典:Wikipedia
2020/02/18 21:00
ソ人気記事ランキング
2020/02/21 更新
 1位日本
 2位水野朝陽
 3位メイプルソープ事件
 4位2月20日
 5位岡崎美女
▲上に戻る
[9]Wikipediaトップ
[0]gooトップ
免責事項
(C)NTT Resonant