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上方落語
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2.歴史
2.1.江戸時代まで
江戸時代中期に、京都の初代露の五郎兵衛や大阪の初代米沢彦八が道端に舞台を設け、自作の噺を披露して銭を稼いだ「辻咄」(つじばなし)や「軽口」(かるくち)が落語の起源とされる。寛政から文化にかけて、浄瑠璃作家から転じた芝屋芝艘や、京都から大阪へ下り御霊などの社地で噺を演じた松田彌助が台頭した。彌助一門に松田彌七、2代目松田彌助や「桂一門の祖」初代桂文治がおり、初代文治は大阪で初めて寄席を開き、声色鳴物道具入りの芝居話を創始したことで知られる。文治は3代目と4代目が東西に並立するが、上方4代目の弟子である桂文枝は文治を継がず、以来上方桂一門は文枝を止め名とした。初代文枝は「三十石」などで人気を博し、門下の初代桂文之助(のち2代目曽呂利新左衛門)、2代目桂文都(のち2代目月亭文都)、初代桂文三(のち2代目桂文枝、晩年桂文左衛門)、初代桂文團治も人気・実力ともに高く、「四天王」と称された。

桂一門に並ぶ現代の上方落語で主力門派の笑福亭一門は、始祖とされる松富久亭松竹の詳細が明らかでないが天保から安永の時期に成立しており、桂と笑福亭の両門派に立川林屋(林家)を加えた4門派が、明治期まで上方落語の主流を成した。上方林屋一門は、江戸の初代林屋正蔵の孫弟子に当たる初代林屋正三が故郷の岡山に近い大阪で腰を据えたことを端緒に、明治維新前後の時期までは最大勢力であったが、やがて桂一門に代わられていく。

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(1.「上方落語」の語源)
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(2.2.明治期)
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出典:Wikipedia
2019/11/24 13:30
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