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上杉氏
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3.歴史
3.10.大正から昭和
茂憲の長男・上杉憲章は、英国のケンブリッジ大学に留学した[25]。帰国後、宮内省御用掛となる。長男・定憲は大正8年(1919年11月6日に8歳で、次男・資憲は大正4年(1915年6月27日に生後9ヶ月で早世したため、三男・隆憲が父の跡を継ぎ米沢上杉家の当主となった。五男・昭雄は憲章の実弟で米沢新田藩上杉家当主・上杉勝憲の養嗣子となり勝昭と改名した。旧米沢藩士の留学費用も提供したといわれ、その中の一人である中條精一郎は、山形県庁および山形県会議事堂の設計を行なっている。

上杉隆憲は、学習院で初等科から高等科まで学び、東京帝国大学仏文科を卒業。昭和15年(1940年)、徳川家正の次女敏子と結婚した。昭和19年には米沢に移り、山形師範学校助教授となった。戦後、東京に戻り、東京都児童会館長、東京文化会館長どを務めた。昭和25年(1950年)、鶴鳴館(かくめいかん)と呼ばれた旧伯爵邸が上杉家から米沢市に譲渡された。

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出典:Wikipedia
2020/01/17 04:30
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