四股名
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3.変わった四股名
おだやか 常吉(おだやか つねきち)
い 助治郎(かながしら すけじろう)[11]:明治時代の大坂相撲の力士。
ステッセル 寅太郎(すてっせる とらたろう):明治時代の大坂相撲の力士。
一二三山 四五六(ひふみやま よごろく)
三ッ△ 鶴吉(みつうろこ つるきち)
相引 森右衛門(あいびき もりえもん):天明期の看板大関
釘貫 禰次兵衛(くぎぬき ねじべえ)
兎角 是非内(とかく ぜひない)
忍山 色助(しのぶやま いろすけ)
山巡り 雷蔵(やまめぐり らいぞう)
縄張 綱右衛門(なわはり つなえもん)
横巾 楯之助(よこはば たてのすけ)
晴天 照蔵(せいてん てるぞう)
螺貝 鳴平(ほらがい なるへい)
白旗 源治(しろはた げんじ)
宝年 万作(ほうねん まんさく)
猪シ 鍋吉(いのしし なべきち)
電氣燈 光之介(でんきとう こうのすけ)[1]
自働車 早太郎(じどうしゃ はやたろう)
自轉車 早吉(じてんしゃ はやきち)
雷り 光五郎(いなびかり みつごろう)
文明 開化(ぶんめい かいか)
不了簡 綾丸(ふりょうけん あやまる)
貫キ 透(つらぬき とおる)
突撃 進(とつげき すすむ)
膃肭臍 市作(おっとせい いちさく)
黒猫 白吉(くろねこ しろきち)[1]
猩々 善介(しょうじょう ぜんすけ)
鬼ノ臍 常吉(おにのへそ つねきち)
百足山 千太(むかでやま せんた)
蟻ノ子 藤太郎(ありのこ とうたろう)
三毛猫 泣太郎(みけねこ なきたろう)
大虎 寅吉(おおとら とらきち)
山猫 三毛蔵(やまねこ みけぞう)
玉猫 三毛蔵(たまねこ みけぞう)
小猫 三毛蔵(こねこ みけぞう)
改心 政太郎(かいしん せいたろう)
凸凹 太吉(でこぼこ たきち)
新刑法 源七(しんけいほう げんしち)
野晒 勘三郎(のざらし かんざぶろう)
いろは 幸吉(いろは こうきち)
ヒーロー 市松(ひーろー いちまつ)
初陣 一二(ういじん いちじ)
片福面 大五郎(かたおかめ だいごろう)[1]
軽気球 友吉(けいききゅう ゆうきち)
〆切り 玉太郎(しめきり たまたろう)
豆鉄砲 芳太郎(まめでっぽう よしたろう)
馬鹿の 勇介(ばかの ゆうすけ)
十七 八十平(としち やそへい)
八重山 八十八(やえやま やそはち)
一夢 百吉(ひとゆめ ももきち)
一ノ里 七五三市(いちのさと しめいち)
京 昇(かなどめ のぼる)[11]:大正時代の力士。最高位は序二段。
子 音二郎(えとがしら おとじろう)[11]:明治時代の力士。最高位は三段目。
い 一(かながしら はじめ)
野狐 三二郎(のぎつね さんじろう)
一 匡(かずはじめ はじめ)[11]:最高位は幕下。
丸勇 高利(まるゆう たかとし、二子山部屋):序二段の二子竜から改名。当時国会マル優廃止法案が成立した直後の改名だけに政治風刺の珍しい四股名となった。
赤鬼 豊(あかおに ゆたか、朝日山部屋):本名の若田部を名乗った時期もある。弟弟子の青鬼と対の四股名。最高位幕下13枚目。
青鬼 勝(あおおに まさる、朝日山部屋):本名の中辻を名乗った時期もある。兄弟子の赤鬼と対の四股名。最高位は三段目55枚目。兄弟子の赤鬼より先に廃業した。
玄海 桃太郎(げんかい ももたろう、朝日山部屋):入門当時は若田中を名乗っていたが、当時の朝日山部屋には上記の通り赤鬼・青鬼という力士がおり、これを成敗する「桃太郎」という四股名の力士が他の部屋に現れては困るという理由から、あえて同部屋の若田中に新しく付けられた四股名。ただし、最初に付けられた四股名は「桃太郎 研二」だった。ちなみに彼は最終的に東十両12枚目まで昇進しており、番付上は兄弟子の赤鬼・青鬼に勝っている。
前進山 良太(ぜんしんやま りょうた、高田川部屋):新弟子時代は四つ相撲とも突き押し相撲とも付かない相撲を取っており低迷したため、「前に出る相撲を取るように」との願いから名付けられた。最高位は東十両2枚目。現在は若者頭・前進山。
祥映斗 宏務(しょうえいと ひろむ、井筒部屋):8勝に由来し(祥=勝、映斗=8)、関取で毎場所勝ち越せるようにという願いから。1994年9月場所より「霧の若」から当四股名に改名するも、願いも虚しく最高位西幕下3枚目で1999年1月場所を最後に引退。現在は「両國宏」の芸名で俳優として活躍。
武蔵坊 弁慶(むさしぼう べんけい、武蔵川部屋):ハワイ出身で素質は後輩の武蔵丸以上だったといわれるが、相撲界になじめず帰国してしまった。
大翔鶴 亀太郎(だいしょうかく きたろ[12]、追手風部屋)
大魔王 暁志(だいまおう さとし、芝田山部屋):細身で弱気な性格だったので脱皮させる意を込めた。改名の場所で一番相撲から5連勝(2敗)した。
月ノ輪 熊之介(つきのわ くまのすけ、錣山部屋):気が優しく大人しい性格だったので、土俵上では熊のように荒々しくなってほしいという願いから、2005年9月場所より本名の「玉田」から改名。2007年7月場所まで当四股名を用いて、以降は「寺尾鵬」「闘王富士」への改名を経て、2016年1月場所より「大海原」を名乗っている。2016年11月場所の2番相撲を最後に土俵から遠ざかり、2017年9月場所以降は番付外。
刃力 誠将(ばりき しげのぶ、錣山部屋):2005年3月場所より2007年1月場所までは本名の「冨嶋」。以降は「美喜天翔」「刃力丸」への改名を経て、2013年9月場所より現在の四股名を名乗っている。2016年5月場所を最後に土俵から遠ざかり、2017年1月場所以降は番付外。2019年7月場所で再出世。
猫又 虎右衛門(ねこまた とらえもん、伊勢ノ海部屋):部屋伝統の四股名
鳩弾力 豆太郎(はとだんりき まめたろう、出羽海部屋):鳩のように素早く、弾丸のように力強く。豆のように小さいが強くなれることを証明したいという理由から命名。
?國来 栄吉(そうこくらい えいきち、荒汐部屋):中国簡体字を使った四股名。のちに蒼国来と改名。詳細は本人の項目を参照。
大越前王 力(だいえちぜんおう りき、千賀ノ浦部屋):8音節の四股名。
李 大源(り でうぉん、春日野部屋):1音節の四股名(本名のまま[13])。その後、栃乃若 導大(とちのわか みちひろ)と改名。詳細は本人の項目を参照。
翔皇騎 昇(しょうこうき のぼる、式秀部屋):勝ち越し負け越しを交互に繰り返し序二段と三段目を度々行き来していたいわゆる「エレベーター力士」だったため、「もう下りはいらん、昇りだけの昇降機になれ」と師匠によって2008年九州場所より玄海丸から改名。その効果か2場所連続勝ち越し、翌年春場所には番付も自己最高位となる西三段目32枚目まで上げるも何故か全休してそのまま引退。
右肩上り博保(みぎかたあがり ひろやす、大嶽部屋):「全体が暗いのでみんなが幸せになれるように」との願いを込めて成績の向上も兼ねて2009年7月場所に本名から改名。その後、2009年11月場所より「り」を削除した「右肩上(読みは同じ)」に改名後、2015年1月場所より本名の「吉野博保」への改名を経て2015年5月場所より現在の「電山博保」に改名。
宇瑠虎太郎(うるとら たろう、式秀部屋):『ウルトラマンタロウ』に由来。名付け親の9代目式秀親方いわく、「3分間全力で土俵上で動き回ってほしいという願いを込めて付けた」とのこと。2018年1月場所から「宇瑠寅太郎」(読みは同じ)に改名。
若戸大橋 剛(わかとおおはし つよし、式秀部屋):北九州市若松区出身で小学校時代に描いた若戸大橋の絵手紙が入選したことから。後援会の人が若戸大橋の近くにある「高塔山」を薦めたが押し切ったとされる。2013年11月場所から若戸桜に改名。
光源治 晴(ひかるげんじ はる、峰崎部屋所属):2013年3月場所、「若源治 光治(わかげんじ みつはる)」より改名。「光源氏」に因む。
天空海 翔馬(あくあ しょうま、立浪部屋所属):2014年3月場所、「豊乃浪 祐貴(とよのなみ ゆうき)」より改名。上昇の願いを込めた「天」と、出身地である茨城県大洗町の「空」や「海」をイメージしており、それまでは成績に波があったので、浪を取ることで波が無くなることを願って改名した。「あくあ」の読みはアクアワールド茨城県大洗水族館からきている。
海波 海波(みなみ みなみ、立浪部屋所属):本名(新垣海波)の名をそのまま四股名としたが、下の名を本名のままとしたため、四股名の上下が同じであり、なおかつ読みが回文(「みなみ」だけでも上下全体でも回文)になるという非常に珍しいケースとなった。2019年11月場所から瑞光に改名。
竜虎 川上(りゅうこう かわかみ、尾上部屋所属):本名(川上竜虎)の姓と名を反転した四股名。初土俵の2017年1月場所のみ本名を四股名にし、2017年3月場所以降は現在の四股名を名乗っている。
播磨灘 隼人(はりまなだ はやと、尾上部屋所属):「播磨灘」の四股名は嘗て相撲漫画『ああ播磨灘』で主人公が名乗る四股名として登場し、現実には使用された前例のない架空の四股名だったが、それまで「山名 隼人(やまな はやと)」を名乗っていた本人が2017年5月場所より名乗り始め、実在する四股名となった。架空の四股名が後に実在する四股名となった珍しい例である。
2013年に元・前頭の北桜が9代目式秀を襲名し、8代目式秀(元小結)・大潮より式秀部屋を継承して以来、前述の宇瑠虎太郎などをはじめ同部屋の所属力士の多くが極めて個性的な四股名を名乗り始めている。詳細は式秀部屋#所属力士の珍四股名を参照。

横綱の阿武松緑之助稲妻雷五郎なども一種の掛け言葉になった四股名である。大鵬幸喜も漢語由来の四股名ということで最初は違和感を覚えるむきもあった。北の湖敏満も「湖」を「うみ」と呼ばせる当て字が、千代の富士貢も5文字の四股名は珍しいと話題になった。平成の横綱では武蔵丸光洋なども、「丸」の文字がやや異色で、これは本名のフィヤマル・ペニタニから来ている。いずれ大関、横綱になったら別の四股名を名乗るものと思われていたが、結局この名で現役を通した。これらの人たちは四股名より土俵上の実績で名が残った。

朝青龍明徳(あさしょうりゅう あきのり):「あさ」の次に「しょうりゅう」が来る湯桶読みである。千代大海、琴欧洲など近年は湯桶読みの四股名も多いが横綱としては初めて(千代の富士・旭富士の「ふじ」も一応音読みではあるが日本の古語であり湯桶読みの違和感は全くなかった)。
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出典:Wikipedia
2019/12/15 02:00
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