三里塚闘争
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5.開港後の動き
5.1.日本の表玄関となった成田
開港時点においてもなお反対運動が活発であったことから、来港者全員に対する検問が実施され[注 65]、当時としては世界でも稀にみる警備体制が敷かれる空港としてスタートした新東京国際空港であったが、開港翌年の1979年には日本人出国者数が前年比14.6%増の403万8298人を記録し、初めて400万人を超える等、最新設備を具備した大型空港が開港したことで日本の国際化は大きく進展した[226]。開港から10年目の節目である1988年度には成田の国際線日本人旅客数が1000万人の大台を突破している[227]

2002年に至るまで滑走路一本のみで運用されたとは言え、空港には世界各地から2階建ての超大型機ボーイング747が飛来し、限られた発着枠の配分を待つ乗り入れ希望の航空会社が引きも切らない状態が続いた[228][229][230]。本邦社のみならずノースウエスト航空等の以遠権を行使するアメリカの航空会社が太平洋路線とアジア路線の結節点として成田をハブ空港にしたことから、成田は国際線の拠点として長らくアジアの中でも中心的な役割を果たしていった[79]

周辺地域には空港関連事業で働く多くの労働者とその家族が流入し、地元住民やその親族の多くも経済的に空港へ依存するようになったことや、自治体もその財政を空港によって得られる税収や交付金に頼るようになったため、反対運動に対する世間の関心が薄れていく中、反対派は地域においても「空港との共生・共栄」の声に押されて次第に孤立していくこととなる[注 66][注 67][注 68][注 69][223][235][236]

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(4.3.闘争の激化、開港)
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(5.2.反対同盟の分裂と過激化する新左翼)
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出典:Wikipedia
2019/12/22 20:00
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