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三船敏郎
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1.来歴
1.5.志村喬との関係
三船は志村喬とデビュー作「銀嶺の果て」を皮切りに51本の映画と2本のドラマ(2本とも三船プロダクションのドラマ)で共演した。黒澤作品では、三船と志村は対照的な役柄を演じることが多い。『静かなる決闘』では、二人は親子役を演じた。

三船は戦争の際に徴兵されてそのまま両親と生き別れになったことから、志村夫妻を実の両親のように慕っていたという。デビュー後まもなくは志村の自宅に下宿していた(当時の三船への手紙にははっきりと「志村喬方」と明記されている)。『七人の侍』の頃、志村は三船の親代わりで、ロケの時、他のスタッフが個室の場合でも、志村と三船はいつも同室だった。大酒飲みの三船に対して志村は酒を嗜まなかったので、三船はいつも土屋嘉男などの部屋を訪れ、酒をあおっていたという。この親子のような関係は、黒澤が『醉いどれ天使』の頃になんとなく、志村に三船の親代わりを頼んだことに起因しているとのこと[22]

最後の共演は熊井啓の「お吟さま」で三船は豊臣秀吉、志村は千利休で出演。撮影が終了した際、三船は深々と志村に最敬礼をし、「また、一緒に仕事をする日を楽しみにしています」と慇懃に挨拶する姿に熊井は大変感銘を受けた。熊井はこの10年後、今度は三船を千利休役で起用している。また、TVでの最後の共演は三船プロ製作の『剣と風と子守唄』の最終回で三船扮する主人公、砦十三郎の師匠という役柄だった。公私のみならず、役どころにおいても師弟関係を貫いたといえる。

三船が世帯を持ってからも家族ぐるみの親交は続いた。三船は1997年に全機能不全で死去し、最期の1週間は目も口も閉ざしたままで、反応はほぼなくなっていたが、その頃に志村喬夫人の島崎政子が三船を見舞い、「三船ちゃん、しっかりしなさいよ!」と耳元で励まして頬を叩くと、三船の目から一筋の涙が流れたという[23]

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出典:Wikipedia
2020/03/19 22:03
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