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三重県総合博物館
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2.歴史
2.1.三重県立博物館から三重県総合博物館へ
新しい三重県立博物館の建設を目指す動きは県立博物館の開館から33年経過した1986年(昭和61年)2月に三重県文化審議会が答申した「三重県における博物館構想」が始まりである。その後1994年(平成6年)3月には「三重県センター博物館(仮称)建築基本計画」が策定され、建築が進むかに見えたが、1997年(平成9年)に三重県知事に就任した北川正恭は県立博物館を含む「ハコモノ」の建設を凍結する方針を示し、1998年(平成10年)3月に計画は白紙撤回された。

2002年(平成14年)11月になると「博物館整備プロジェクト会議」が発足するも、なかなか議論は深まらず、2005年(平成17年)3月になって、現在の県立博物館の改修を盛り込んだ「三重県立博物館整備にかかる当面の方針」が発表された。しかし2006年(平成18年)10月に改修費用が17億円かかることが判明すると、改修計画は撤回され、計画は再び頓挫した。

2007年(平成19年)2月、野呂昭彦が三重県知事選挙の公約に新県立博物館の整備を掲げることを表明、同年4月の統一地方選挙で三重県知事に当選した。野呂知事による博物館整備推進と2007年(平成19年)10月の現博物館の展示室閉鎖により、新博物館計画は大きく前進し、2008年(平成20年)12月には「新県立博物館基本計画」が出来上がり、2011年(平成23年)1月に着工した。

2011年(平成23年)4月の三重県知事選挙で鈴木英敬が当選すると「あらゆる事業が見直し対象である」と表明、三重県立博物館に関しても再検証をすることになった。事業続行、計画縮小、白紙化のいずれを選択しても当初事業費を超えてしまうという難しい状況であったが[13]、同年6月3日に鈴木は「三重のアイデンティティの創造と継承、子どもの成長に重要な役割を果たす機関」であるとして、運営費の2割減など7つの条件を付けた上で、建設の続行を決断した[14]

開館に先立ち、2014年(平成26年)2月26日に県内の三重大学および皇學館大学と共同研究や人材育成の協定を締結した[15]学芸員の資格取得を目指す両大学の学生のインターンの受け入れや、皇學館大学佐川記念神道博物館との間で収蔵資料の交換・展示が検討されている[15]

三重県総合博物館の開館を前に2014年(平成26年)4月18日に約600人の出席の下、開館式典を挙行した[5]。翌4月19日午前9時に正式に開館、前日夜から並んだ人を含め300人が列を成した[6]

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出典:Wikipedia
2019/08/23 23:03
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