篠原ともえ
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1.略歴
東京都青梅市出身。実家はもとお寿司屋。本名の友恵の名は、赤いシリーズのファンであった両親が三浦友和の「友」と山口百恵の「恵」から取ったものである[1]

10歳の頃からデザインに興味を持ち、人形の服や小物を自作するようになる。幼少時は大人しい性格だったが、小学4年の時にバレエを始めたのを機に明るい性格に変わる。中学1年の時に軽音楽部でバンドを始め[2](ギター兼ボーカル担当)、中学3年の夏休みにソニー歌手オーディションに合格し、新人開発部に所属。デビューに向けてボイストレーニングのレッスンを受ける。

1994年4月、東京都立八王子工業高等学校・応用デザイン科に進学。

1995年春、ソニーのラジカセ「Dr.CHANGER」のCMの企画を持ってきたディレクターに見出され、石野卓球[3]プロデュースにより同年7月1日に「篠原ともえ+石野卓球」名義のシングル「チャイム」でデビュー。

1996年、フジテレビ『HEY!HEY!HEY!』でのダウンタウンへの機転の利いた傍若無人ぶりや[4]レギュラー出演の『LOVE LOVE あいしてる』ゲストの楽屋襲撃コーナー「篠原ともえのプリプリプリティ!!」で人懐こいハイテンションなキャラクターで人気を得ると、数々のバラエティ番組でひっぱりだこになる。

1997年3月1日石野卓球プロデュースによる最後のシングル「ウルトラリラックス」を発表[5]。この年に東京都立八王子工業高等学校・応用デザイン科を卒業。高校の推薦により戸板女子短期大学・被服科に進学するが、裁縫技術を学ぶため翌年に文化女子大学短期大学部・服装学科を一般受験し再入学[6]

同年4-6月、ドラマ『FiVE』で連続ドラマ初出演。同年8月には映画『デボラがライバル』で銀幕デビュー。

1998年、初のバラードシングル「ココロノウサギ」を発表。エステティックサロン・たかの友梨のTVCMとして本人も出演している[7]。前年からCMで共演していたユースケ・サンタマリアとのユニット「カロゴンズ」として2枚のシングルを発表。同年8月発表のアルバム『MEGAPHONE SPEAKS』からはセルフ・プロデュースのもと、作曲を始める。

1999年、20歳の誕生日記念の日本武道館ライブでは一階アリーナ席をステージにし「篠原ともえお誕生日会 IN しのドーム」と題し無料ライブを行った[8]

2000年1月、ファッションショー「しのコレ〜21世紀に作る21歳の篠原ともえがデザインする21体の服〜」を在学中の大学にて開催[9]。同年10月に作詞・作曲・衣装デザインを手掛けたミュージカル『天使からの招待状』で初舞台。

2001年3月、文化女子大学短期大学部・服装学科を卒業。同年ミュージカル「ありがとうサボテン先生」では出演・自身初のコスチュームデザイナーとして参加した。

2002年、後にこの体験が自分の大きなターニングポイントとなったと話す、初めてのストレートプレイ舞台・第九回竹中直人の会『月光のつゝしみ』に出演する[10]。同年So-netによるインターネットコンテンツ「Happy Store」では日本初の生中継でのレギュラーパーソナリティを務め話題となった[11]

2004年から2008年までキッズステーションの教育番組『モンすたージオ』で歌のお姉さんとして出演の他、本人のコスチューム製作を担当し本人作詞・作曲による楽曲提供も行う。

2005年、アニメ『こどものおもちゃ』がフランスのテレビ局でも放送され、篠原が歌っていた後期OP曲「ウルトラリラックス」にも注目が集まり、クラブで頻繁にプレイされるなどヨーロッパで注目を集める。そのため、篠原は2005年11月、2006年3月・6月に渡仏、パリでライブを行なっている。

2004年、アストリッド・リンドグレーンの童話『長くつ下のピッピ』原作のミュージカル『ピッピ』の主演をつとめ、2006年には全国5ヵ所(東京、神奈川、愛知、大阪、福岡)で再公演された。以後、積極的に舞台に出演。ミュージカル『ブラッドブラザーズ』(リンダ役)、音楽劇『ファウスト』(マルガレーテ役)、白井晃演出『三文オペラ』(ポリー役)など、様々な作品のヒロインとして抜擢された。2008年には イッセー尾形の舞台『びーめん生活』に出演。同年蜷川幸雄演出『表裏源内蛙合戦』では妖艶な花魁を演じた。

2009年、布一面に描いたイラストをその場でカットして即興の服を作るイベントを主催[12]。また同年からはNHK教育テレビの幼児番組『みいつけた!』においてレグ役を務め、2010年からは『みいつけた!さん』にも出演、『レグ・レグ・アイドル』や『フルーツバスケット』を歌っている。

2010年、「篠原ともえデビュー15周年記念ライブ ULTRA RELAX DAY 2010」をリキッドルームにて開催[13]。東京都青ヶ島にて無料ライブと本人による解説の星空観望会も開催。この縁で東京都青ヶ島村の公式サイトには本人による星空解説がリンクされている。色彩検定・カラーコーディネーター検定・アロマテラピー検定2級に合格。

2011年、NYジャパンソサイティ主催の特設ステージにてバンドヒカシューと共にニューヨークでのライブに出演[14]。この年、自身初のロックフェス『ライジング・サン・ロックフェスティバル』に出演し、同夏、デビュー時まで在住した東京都青梅市でのライブを開催し、衣裳製作・総合演出も手がけた[15]天文宇宙検定3級に合格し、星空博士の称号を取得。

2012年、10代の頃から自宅で製作・録音していた楽曲を、作詞、作曲、プログラミング、アートワーク、イラストデザイン、衣裳製作を手がけ完全プロデュースアルバムとして2作リリース。CD発売記念ライブではアンプラグド編成による芝居仕立てのライブを行なう。また同年からはエフエム東京で『東京まちかど天文台』のメインパーソナリティーを務めている。

2013年5月に芸能事務所古舘プロジェクトに移籍。全国公開予定のことでん100周年記念作品『猫と電車』では映画主演。オープニング・挿入歌・エンディングテーマ曲は自身製作のアルバム『-:*Better*:-』から楽曲が起用されている。同年、松任谷正隆のラジオ出演をきっかけに松任谷由実のコンサート『POP CLASSICO』の衣装デザイナーに抜擢。全6着の衣装と共に全メンバーのスタイリング等も手がけた[16]。同年から日本テレビ放送網PON!の曜日パネラーとしてレギュラー出演を開始した他、さまざまなテレビ番組でのゲスト出演が増え「再ブレイク」と報じられた[17]

2014年1月に、天文の普及活動による「宙(そら)ガール」の活動が認められ、「小惑星Shinohara」(14555)が国際天文学連合で学術名として正式登録された[18]。4月には、NPO法人デザインアソシエーションが国際デザインイベント「ミラノサローネ」内で「TOKYO DESIGNERS WEEK in MILANO 2014」を開催し、篠原はこの中の「大風呂敷展」に作品を出展[19]、同NPO団体の理事にも就任した。さらに同年には、内閣官房知的財産戦略推進事務局 の「CJムーブメント推進会議〜クールジャパンをデザインする〜」の第二期メンバーに選定され、クールジャパン戦略を所掌する内閣府特命担当大臣稲田朋美らと共に会議に参加している[20]

2015年、デビュー20周年を記念し、『篠原ともえ&シノラー展』と題した個展を開催する[21]

2016年3月13日、初代の青梅市親善大使に任命された[22]

2017年には鳥取県の「とっとりふるさと大使」に任命され、同県の観光PR「星取県」のプロジェクトの「星取県スター大使」にも就任[23]

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(2.1.シノラー)
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出典:Wikipedia
2018/09/17 08:30
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