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7.紙の歴史
7.2.中国での紙の発明と改良
世界最古の紙は現在、1986年に中国甘粛省の放馬灘(ほうばたん)から出土した「放馬灘紙」だとされている[3]。この紙は、前漢時代の地図が書かれており、紀元前150年頃のものだと推定される。次いで古いのは、紀元前140年87年頃のものとされる?橋紙(はきょうし)である。?橋紙は陝西省西安市?橋鎮で出土した。こちらは銅鏡を包む状態であったため、養生目的の梱包ないしは装飾目的の包装包装紙)に使用されていたと推測される。

史書に残された記録では『後漢書』で、105年蔡倫が樹皮やアサのぼろから紙を作り和帝に献上したという内容の記述がある。現在は蔡倫は紙の改良者だという説が一般的である。蔡倫による「蔡侯紙」は軽くかさばらないため、記録用媒体として、従来の木簡竹簡、絹布に代わって普及した。西晋の時代(3世紀)には、左思の『三都賦』を写すために紙の価格が高騰したという記録が『晋書』に記載されており、「洛陽の紙価を高からしむ」という故事成語になっている。

紙はその後も改良され、時代(8世紀)には樹皮を主原料とした紙や、竹や藁を原料として混ぜた紙が作られるようになった。の時代(10世紀以降)には、出版が盛んとなったため大量の紙が必要となり、竹紙が盛んに作られた。明末の1637年に刊行された『天工開物』には、製紙の項目で、竹紙と樹皮を原料とした紙の製法を取り上げている。

紙は羊皮紙や絹に比べれば安かったが、それでも上流階級を中心に広く使われる高価なものであった。11世紀の詩人であった蘇舜欽は、自分が勤めていた役所で出た反古紙(書き損じの使い物にならない紙)を売って、その代金で宴会を開いたために横領で糾弾されている。反古紙であっても高値で取引されていた様子がうかがえる。清の第5代皇帝は質素・倹約を掲げていたので、重要な公文書などでない限り、紙は裏返して使うように勧めていた。

日本への伝播[編集]


製紙技術は中国から7世紀までに伝えられた。この技術が改良され、「和紙」となった。

布、楮、三椏、麻、梶、桑、雁皮など、材料は色々工夫され、用途に合わせて様々な品質の紙が製造された。しかし日本においても紙は高価であり、ゆえに日本各地の特産物として生産された。一方、紙の再利用も行われており、使用後に裏紙部分に再度筆記(紙背文書)したり、漉き直しつまりリサイクルして使用された。漉直しの紙は「漉返紙(宿紙、紙屋紙)」と呼ばれた。朝廷では図書寮紙屋院でこの作業が行われており、このリサイクル紙は朝廷の正規の文書でも略式命令(綸旨など)などの場合には使用された。

欧州から「洋紙」が入ってくるのは安土桃山時代以降、洋紙の本格的な製造は明治時代以降となる。

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(7.3.イスラム世界への伝播)
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出典:Wikipedia
2019/10/17 06:30
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