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行列のできる法律相談所
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概要
行列のできる法律相談所』(ぎょうれつのできるほうりつそうだんじょ)は、日本テレビ系列2002年4月7日から毎週日曜日の21:00 - 21:54(JST)に放送されている法律番組トークバラエティ番組である。通称は『行列』。モノステレオ放送2011年10月16日放送分より)、文字多重放送を実施している。

概要[編集]

レギュラー化される前は『守ってあげたい』。再現ドラマで日常のトラブルを提示し、「ここで損害賠償を請求できるのか?」「離婚できるのか?」などといった様々な法律問題の課題について司会者を始め、ゲストや弁護士軍団がトークを繰り広げる。

2000年2001年に『絶対に訴えてやるぞ!!芸能人VS弁護士軍団・大爆笑!法律バトル』(「スーパースペシャル」枠)というパイロット版が放送され、2002年4月7日からレギュラー放送されている。

2007年以降は企画やテーマにちなんだ出演者のエピソードについてのトークが中心になっており、法律問題は番組終盤にて約10分程度のコーナーに纏められている。現在は、ゲストのVTR中に出演者の気になることを1つだけピックアップし、VTR終了後に解説している。

2002年にレギュラー化され、最高視聴率は、『24時間テレビ30 「愛は地球を救う」』の萩本欽一によるチャリティーマラソンが引き続き生中継で放送された2007年8月19日放送分の35.3%であった[3]

長年番組オープニングやスタジオセットのモニターにおける副題とキャッチコピーとして『絶対に訴えてやる!』があったが、2018年7月をもって特番時代から18年半の歴史に幕を閉じた。

出演者[編集]

所長(MC)[編集]

初代所長の島田紳助(以下「紳助」と表記)の芸能界引退後は正式な2代目所長は置かず、主に行列メンバー(後述)でもある、東野・宮迫・後藤の3人が交代で所長を務めた[4]。宮迫謹慎→降板後は、東野・後藤の2人が交代で所長を務めている。また、クリスマス(2017年以降)・年内最初と改編期のスペシャル回には明石家さんまが所長を務めている。2019年11月17日放送では、ナインティナインがコンビでスペシャルMCとして務めた。

原則2人が揃って所長を務めることはなく、さんま等が司会をする時以外の放送はうち1人が所長、もう1人がひな壇に回る形式であった(さんま等が司会をするときは2人ともひな壇側に回る)。例外的に春秋の『DASHでイッテQ!行列のできるしゃべくり 日テレ系人気番組No.1決定戦』の行列ブロックに限り、2人(宮迫謹慎前は3人)で所長を務めた。

下記の2人以外にも所長を務めた出演者がいる(後述)。

番組初期から行列メンバーとして登場。本番組によって「チリチリ」というあだ名が確立され、「チリチリドリル」という技も誕生させた。紳助引退後だけでなく、それ以前の紳助謹慎時にも代理所長として務めた。トーク中にゲストではなく別の方向を向いていたり、知ったかぶりをすることがあったため、紳助からは「問題児」と言われたことがある。また、本番組出演の仕事については、「ぱぁーと行って、笑っていればギャラが入ってくる」と評している。
番組が盛り上がっている中、唯一無表情になったり、感動の場面で唯一爆笑するなどの行動が多く、定期的にそれらをまとめたVTRが放送される。(主に、24時間テレビ直後にある生放送で)その際、映画『ハリー・ポッター』のメインテーマがBGMとして使用される。
行列メンバーに昇格した頃は、2011年佐渡島トライアスロンのランナーに対する激励として、ドジョウすくいの演技をさせられるなどのスベリキャラであった。
紳助引退直後は東野と宮迫2人で所長を行う予定であったが、急遽後藤が加わり3人体制となった。
2013年、番組中に当時交際していた女性に電話で公開プロポーズを行い、結婚に至った。
明石家さんま
2012年1月15日放送の2時間SP以降、スペシャル回に所長を務めるのが恒例となっている。
オープニング時はスタジオには出ておらず、毎回カーテン付の特設ステージからの登場となっている。カーテンが上がる際にはシャツや靴下が引きはがされたり、自身のものまねを得意とする芸人たち(原口あきまさほいけんたなど)と一緒に登場したり、別の出演者が登場するなどの仕込みがあり、例外として観客やスタッフに紛れて登場することもある。しかし、2018年10月14日放送分は新秘書の市來が初出演する関係上から、彼女に登場を譲る形でついに板付きでの登場となった。なお、クリスマスの生放送に関してはゲストの歌唱から始まるため普通に登場する。

秘書(アシスタント)[編集]

2018年10月14日の3時間スペシャルから3代目秘書として出演。番組アシスタントとしては初の平成生まれである。
2018年8月19日放送の生放送スペシャル内で、10月から3代目秘書として当番組に出演することが発表された。当日まで本人には知らされておらず、『大きな段ボールに入れられて、インタビュー相手のもとに連れていかれる』というニセ番組のドッキリを仕掛けられ、生放送中に本人にサプライズで告知された。

行列メンバー[編集]

行列メンバーとは、定期的に出演しているレギュラー。上述の通り、東野、後藤も行列メンバーの一員である。ひな壇の最後列(レギュラー放送では2段目)に固定しており、左から東野、磯野(ゲストの場合もある)、後藤、渡部の順に座るが、先述通り東野・後藤のどちらかはMC席にいるため、常に後列は3人体制となる。

本番組における紳助とのやり取りが評判となり、タレント好感度調査で上位にランクインするほど有名になった。また、紳助によって「貴理子る」(きりこる)という新語や「トークが嘘」といういじられキャラクターも確立された。元々、紳助とはほとんど接点がない関係だった(紳助が総合司会を務める1992年秋以降のTBS系列『オールスター感謝祭』に磯野が出演していた程度)が、本番組を開始するにあたってスタッフに磯野の準レギュラー起用を打診し、それが叶って磯野の番組出演が実現したとのこと。一時期は「磯野貴理」に改名していたが、2011年7月に再改名した。「磯野貴理」時代も紳助や多くの共演者には「貴理子」と呼ばれることがあった。磯野の2度の結婚にはいずれも本番組が関与しており、番組内で大きく取り上げられた。2014年秋に発症した脳梗塞の治療のために休養中であったが、現在は復帰している。ブルゾンちえみが出演するようになってからは、出演する機会が減っている。
渡部建アンジャッシュ
2013年SPで行われた「なかなか取材を許可してくれない店の店長へ取材をお願いする」コーナーやドッキリの進行役を務めた後、行列メンバーに昇格。後列右側に座ることが多い。自身のプレゼンテーションがメインに行われる放送では、出演者紹介において本名ではなく「世界の渡部」として紹介されている。
前列に座っているゲストがドラマの番宣や映画の告知を行うも、その告知が「不十分だ」などとゲストにダメ出しを行い、その後に話の内容などを猛烈なアピールで付け加えるPR役となり[5]、締めに後藤から「渡部さんは何役で出ていらっしゃるんですか?」との問い[6]に「一切出ておりません!」と言うオチが恒例となっており、「宣伝王」の異名も持つ。告知をするゲストがおらず番組が締めくくりそうになった際には、「何かありませんか?」などと無理矢理宣伝しようと尋ねている。
本番中に東野が、当時交際していた佐々木希の話[7]を振った後に後藤が「渡部さん、何かあったんすか?」と尋ねた[8]直後に自身が「ネット見ろ!」と半ギレしつつ発言したり、SPでさんまが所長を務める回では、さんまが自身にやったことのない職業等を振ってそれを否定した後、東野・後藤の2人がそれにまつわる小ボケを被せるミニコント(さんま曰く、「ドブ芸人のやりとり[9]」)が恒例となっている。後者のくだりには稀に徳島やゲスト枠の芸人(あばれる君横澤夏子、ブルゾンなど)も参加しているが大半は空回りや内容が他の2人とズレているため、周りから非難の声を浴びたり突っ込まれている[10]。2016年11月27日放送分の番組放送600回記念回では佐々木が出演するために、同年20日放送分のラストでわざわざ欠席する事が告知された[11]
2017年4月9日放送分の3時間スペシャルの生放送部分にて、佐々木希との結婚を発表した[12]
2019年12月15日放送では、レギュラーになり始めてMCを務めた。
2020年1月12日放送では、ホノルルマラソンに出場するため欠席。代理には相方の児嶋一哉が出演したが、番組の最後に行われる番組宣伝はハワイからのVTRで出演した。 また、翌週19日放送でも渡部の代わりに出演している。

2017年ブレイクし、ゲスト出演。その年の24時間テレビチャリティーマラソンランナーとして出演以降は、ほぼ毎週出演している。またwithBことブリリアンが出演することもある。

史上最強の弁護士軍団[編集]

あくまで本番組内についてなので、詳細は各本人のリンク先を参照。なおキャッチコピーは、ナレーターの武田広が弁護士紹介をしていた頃に番組側が付けたものである[13]

初期は、"冴え渡る明晰な頭脳、冷静沈着"
現在のレギュラー出演者の中で、唯一放送開始当初から出演している[14]。法律相談などでは一切笑顔を見せないスタイルを貫き、番組中でも滅多に笑わない。2000年代後半頃からは、少し笑顔を見せるようになってきている[15]。丸山(現:参議院議員)とは意見が対立するが、その掛け合いでは笑いがよく飛んでいる。番組開始当初は、本番組以外のレギュラー出演は「本業が優先」を理由に原則として断っていたが、現在はやや軟化し、本業に支障のない範囲で他番組にも出演している。
菊地幸夫(2007年8月 - )「趣味はトライアスロン、知力と体力の鉄人」
丸山、橋下の不在時に4枠でピンチヒッターとして出演。レギュラーとなってからは、石渡真維と交代で出演し、石渡の降板後は毎回出演している。番組の企画であるトライアスロンにも参加し、2011年の佐渡島トライアスロンでは、行列出演者の参加者の中で唯一制限時間内での完走を果たしている。2012年にも、番組の企画としてではなく自主的に参加していた。
本村健太郎(2007年7月 - )「役者としても活躍する異色の弁護士」
丸山、橋下の不在時に4枠でピンチヒッターとして出演。橋下の降板後はレギュラーとして出演している。なお、テレビ朝日の2時間ドラマ『法医学教室の事件ファイル』には第2 - 43作(1995年 - 2017年)に出演していたが、第44作(2018年8月12日)が本番組の裏番組である『日曜プライム・ドラマスペシャル』での放送となったものの、第43作をもって降板した[16]ため、『行列』には引き続き出演。 席は原則固定で、向かって左側の席から1枠・2枠・3枠・4枠である。

4枠のピンチヒッターには、後にレギュラーとなる菊地幸夫、本村健太郎も含まれている
上記の中では、パターン2が最も多い。パターン3は2008年3月9日〜2011年7月3日まで。

大渕が夫と行列メンバー側に座った回と産休期間中と直前に怪我をした回は大渕を除いた3人での編成になる。大渕の懲戒処分後初の収録となった2016年8月21日放送分以降、2枠は代役を立てず空席のままとされた。

大渕の座っていた空席が撤去され、正式に3人体制となった。2000年3月の特番以来、17年ぶり。

2人体制となり、菊地と本村が交替で出演。

また、弁護士紹介のVTRを流していた時期には各弁護士のCGアニメーションが登場していた(CGアニメーションが導入される前は、各人のモノクロの顔写真が入っていた)が、それぞれキャラクターに沿ったものとなっていた(北村は笑わない、丸山は一升瓶を持っているなど)。時折、アニメーションが一定期間の間変更されることがあった。丸山のマラソンの際は、一升瓶ではなく走っているアニメーション(服装も『24時間テレビ』のTシャツに変わっていた)、丸山のCDデビューが決定したときは、マイクを持ち、服装が着流しだった。住田がダイエットに挑戦したときは、服装がレオタードになっていた。

2006年12月10日放送分からはCGアニメーションがリニューアルされた。北村のCGは地団駄を踏みながら口から火を噴く、住田のCGはウィンクした目からハートが出てくる、橋下のCGは自身の子沢山ぶりにちなんで、7人の子供達のCGが登場し、丸山のCGは本番組で派生した「エクアドルのバナナ商人」のネタにちなんで、アロハシャツ姿に、バナナを食べてしまうアニメーションが追加された。

なお、丸山が不在時に出演する、本村と菊地のCGも2007年10月から登場した。本村は「めがねを外せば山崎邦正みたいに激怒するアニメーション」。菊地は「スーツを脱いでランニングシャツで完走するアニメーション」だが、ソーラー・菊地と紳助に揶揄されてからは、スキンヘッドが光るCGになっている。

ナレーション[編集]

林田尚親(2012年8月 - )

過去の出演者[編集]

所長(過去)[編集]

相談内容を忘れているのは日常茶飯事。過去に「史上最強の弁護士軍団」の紹介の所を「史上最強の鑑定士軍団」(テレビ東京系列『開運!なんでも鑑定団』)と言い間違えたこともあった。また、冒頭の「『行列のできる法律相談所』へようこそ!」も勢いで言っているためかたまにとちることがあった。
紳助本人は、「俺は法律番組の司会を頼まれてやっているだけ」「台本を読んでいなかった」と発言していた。
「離婚なんて時間の問題」と発言したゲストが、実際に出演後に離婚したケースが数多くある。
番組内で裏番組を褒めたり薦めるときがあった。
番組収録よりも競馬観戦を優先するために無駄なトークを省いたり、収録中に時間を気にしており、腕時計をチラチラ見ていた回数を番組スタッフが計算したところ、6年間で372回だった(2008年9月7日放送分)。また、「GIレースならGIが優先」(2006年の新春スペシャル)と公言しており、GIを見たいがために収録を早々と打ち切った回が2回あった。紳助の時間を気にする行動は直らなかった。また、小倉優子は「紳助さんは合コン等の飲食があれば絶対に進行のピッチを上げる」と証言している。(2008年9月7日放送分)。
過去の京都スペシャルで「寺を使って料亭を経営」と発言したことで関係者が激怒し、その次の回の京都スペシャルでは紳助の発言をチェックするために責任者が同席することになった。
番組内で様々な悪行・暴言を繰り返したため、新春スペシャルで過去4度懺悔の滝で水を浴びる罰ゲーム(『オレたちひょうきん族』の「ひょうきん懺悔室」のパロディ)を受けた。さらに、2009年4月には「一日保育士」の罰ゲームが決定したが、これは実施されることはなかった。
「御飯のお供スペシャル」などの食べ物が出てくる企画では、基本的に提供者に遠慮せず好き嫌いをハッキリ言う立場を貫いている。これは番組で不味いと思った商品まで無暗に褒めてしまうと視聴者がお金を出して買ってしまうという懸念によるものである。
2011年8月21日の24時間テレビの直後の特別生放送後、暴力団関係者との交友事実発覚を受け、2日後の23日に引退。本番組も降板した[17]。なお引退後は、スペシャルMCの明石家さんまが、紳助の名前を出して笑いを取ったり、東野も紳助の名前を頻繁に出したりしている。
宮迫博之
ゲストとして何度か出演した後、石田純一の番組降板に伴い、交代の形で行列メンバーに昇格。主に東野不在の週(紳助引退まで)及び恐妻家を取り上げる時に出演。紳助が引退に伴う降板後は、東野・後藤とともに交代制所長に昇格。2017年夏に不倫騒動を起こしてからは、その年の『24時間テレビ』(所長の3人と渡部がスペシャルサポーターを務めた)を皮切りに番組内で騒動をいじられることが多くなった。
アーティストがゲストとして出演し、欧陽菲菲の「ラヴ・イズ・オーヴァー」を披露する際には中盤で乱入してデュエットするのがお決まりになっている。
2019年6月、吉本興業所属の芸人たちが振り込め詐欺グループの忘年会に出演していたと写真週刊誌『FRIDAY』が報じた問題で、吉本興業が参加した芸人と複数回ヒアリングを行った結果、反社会勢力という認識はなかったものの一定の金銭の受領があったことが認められ、謹慎処分となった[18][19]。その後、吉本興業との契約解消(ただし、この処分は後に取り消し)となったことにより、日本テレビより正式に降板が発表された[20]

秘書(過去)[編集]

2009年3月まで日本テレビアナウンサーだったが、40歳を迎えることなどを機に日本テレビを退社し、同年4月からはフリーアナウンサーとして本番組へ出演を継続していた。
2011年8月21日放送分で妊娠を明かし、同年11月20日放送分をもって住田とともに降板し、出産・育児の準備に入った[21]
2012年5月13日放送分にゲスト出演。2013年3月10日放送分でもゲスト出演し、共演していた橋下徹に会うために大阪市役所へ向かったコーナーで、降板以来約1年4か月ぶりに進行役を務めた。2016年8月21日9月11日放送分では、リオデジャネイロオリンピックの取材に行っている徳島の代理として約5年ぶりにスタジオでの進行を担当した。
徳島えりか(2代目秘書・日本テレビアナウンサー)
2011年10月16日放送の2時間半スペシャルで初出演し、松本の後任となることが発表された。
2011年10月23日放送分から5週間は見習いとして松本と2人で番組を進行し、2011年11月27日放送分より正式な2代目秘書として出演した。
2014年はソチオリンピックの中継キャスターとして現地に派遣されていたため、2月23日・3月2日放送分は水卜麻美、3月9日放送分は杉野真実が代理出演した。
2016年はリオデジャネイロオリンピックの中継キャスターとして現地に派遣されていたため、8月21日放送分は松本志のぶ、9月4日放送分は笹崎里菜が代理出演した。
本番中はCM中やVTR中にやる気のない態度をとったりしていることを共演者からいじられていた。
2018年8月19日の生放送分にて9月末を持って番組を卒業することを発表。9月30日のレギュラー放送をもって卒業した[22]。2018年10月14日放送分冒頭にて、東野から「(自身がニュース担当の)『ZIP!』に専念することを理由に卒業した」と説明されており、さんまから「ここ(行列)に専念せい!」と突っ込まれる。

行列メンバー(過去)[編集]

行列メンバーだったが、降板。行列メンバーとしての出演時は『夢想花』の一発屋歌手であることや民家の洗濯物を観察する趣味があることを紳助に弄られていた。ただし、降板後も2007年10月7日SPの行列ドラマ「裁判員制度、もしもあなたが裁判員に選ばれたら?」、一発屋歌手・芸人を集めた2008年6月22日放送分、放送300回突破記念の2008年8月31日放送分など不定期に出演している。
松澤一之
紳助との親交が深い。紳助の過去の女性関係にも詳しく、爆弾発言が飛び出すことも。なお、本人は「バラエティはドラマと違って、自分で喋らないとカメラが回ってこない」という理由であまりバラエティ番組に出演することが好きではなく2006年の新春SP以降、出演していない。
えなりかずき
番組開始時から2003年3月頃までに出演。降板後も年に1、2回のペースでゲスト出演。また、2007年10月7日SPの行列ドラマ「裁判員制度、もしもあなたが裁判員に選ばれたら?」の主人公を演じている。
石田純一
出演時には「イケメン席」に座っていることが多い。ただ、後列のバラエティ席に座る事もよくある。長谷川理恵との破局を紳助が番組に本格復帰した2005年1月9日放送分で初めて語った。紳助からは三度結婚していることもあり女性関係で弄られることが多かった。東尾理子との婚約を報じられた際には、紳助や番組側から「断固反対!」の立場を取られ続け、正式に結婚をした頃に番組を降板した[23]

史上最強の弁護士軍団(過去)[編集]

初期は"親子二代で弁護士、まさに六法全書の申し子"
紳助に「からくり人形」と呼ばれていた。
噂の真相の報道を巡り、2003年3月をもって「もう潮時」「本業に専念する」との理由で降板。
降板後、番組内で過去の映像を流す際、久保田にはモザイクやCGでぼかし処理がされている。
丸山和也「英語も喋れる国際弁護士、法に魂を込める男」(2000年3月 - 2007年9月[24]
初期は"英語ペラペラな国際派にして、お酒大好き"、"お酒にゃ強いが涙にゃ弱い、義理と人情"、"英語も話せる国際派、法に魂を込める男"。参議院議員当選後の出演時はキャッチフレーズが"自民党参議院議員"となる
道義的観点から人情論を主張し、北村とは対照的に説得力に欠ける意見を連発する弁護士であり、時に出演者から「本当に弁護士ですか?」と聞かれたことがある。意見が対立する北村と人気1位2位を争う弁護士である。
番組で2005年『24時間テレビ』のチャリティーマラソンに挑戦することを発表し、100kmを完走した。また、翌2006年には番組の計らいによりCDデビューも果たした。
2017年12月17日放送分の放送700回記念スペシャルにて10年ぶりに出演し、法律問題にも参加した。
橋下徹「法廷に新しい風を吹き込む、茶髪の風雲児」(2003年4月 - 2007年12月)
大渕が出演するまでは、弁護士軍団の中では、最も若い弁護士であった。橋下の主張が他の3人と異なるケースが多く、「皆さんの意見は古い」などと言って新しさを求めるような形で流すことが多い。また、明らかにウケ狙いの意見を言って人を笑わせようとする事がよくあるが、丸山とは対照的に発言にトゲ[25]がある。
2013年3月10日の2時間スペシャルに約5年ぶりにVTR出演した。大阪市役所を訪れた北村、磯野、松本と対談した模様が放送された。
2016年5月8日には約8年ぶりにスタジオにゲストとして出演し、弁護士として1人だけ見解が違う本村と入れ替わる形で法律問題に参加した。同年11月27日にもゲスト出演し、大渕の席に座って法律問題に参加した。
石丸幸人(2007年6月24日)
参議院議員選挙出馬により欠席した丸山に代わり、この1回のみ出演。
石渡真維(2008年3月 - 2011年7月)
菊地と交代制で不定期出演していた。夫がシンガポールへ転勤したため、番組への出演が困難となり、2011年7月3日放送分をもって降板。
住田裕子「東大出身のママさん弁護士、法律の母」(2000年9月 - 2011年11月20日)
初期は、"豊大な知識を優しさで包み込む、法律の母"と、"東大出身のママさん弁護士、心優しき法律の母"
主にセクハラなどの女性や子どもの立場の問題での法律相談においては、他の弁護士よりも住田の意見が採用されることが多い。ただし、女性に有利な意見ばかりを述べるわけではなく(稀に)女性に批判的な意見を述べたこともある。女性が被害に遭った事件で極端に高額な慰謝料を算出したり、ハニートラップを容認したこともあり、一部の視聴者から「ものの見方が偏りすぎている」と弁護士としての資質を疑わぬばかりの厳しい批判を受けることもあった。ただ、その手段について局や所属する事務所あるいは弁護士会への投書(信書・電子メール)・抗議電話なのか、2ちゃんねる(2017年に5ちゃんねるに改称)や爆サイなどのインターネット掲示板を通してのものかは明確ではない。また、本村の見解に同意しつつも説得性がないため、代弁していたこともしばしばあった。
紳助からは体形について度々ネタにされていたことが多く、番組内で住田のダイエット企画が実施されたことがあった。
2010年に立ち上げた特定非営利活動法人「長寿社会の安全安心な暮らしを実現する会」の活動に力を入れるため、11月20日の放送分をもって松本とともに降板した。一方、他番組への出演(レギュラー・ゲスト)は継続している。
大渕愛子(2011年11月27日 - 2016年7月31日)
大学在学中の1999年に司法試験に合格した才女。事務所の秘書に元タカラジェンヌの美夢ひまりを起用している。2015年4月19日、26日放送分は出産の為欠席していたが、5月10日放送分より復帰。2016年2月21日放送分も出演予定だったが、本番前に怪我をした為、急遽休演となった。2016年8月の弁護士業務停止1か月の懲戒処分を受け2016年8月7日、14日放送分の出演シーンはカットされた。以降大渕の座っていた2枠は空席のままとなっていたが、2017年4月16日放送分から空席が撤去された。

ナレーション(過去)[編集]

武田広(2000年3月 - 2012年7月)
マリリン山田(2000年3月- 2012年9月)
伊津野亮(2014年6月1日)※自身の出演に併せて紹介VTRのみ担当

所長経験のある出演者[編集]

以下の出演者はレギュラー出演者や行列メンバーではないが、所長を務めた経験がある(今田、綾部、ベッキー、桝はゲスト出演の経験がある)。今田は紳助の謹慎期間中に、その他の3名は紳助の引退後に所長を務めた。
なお中居は本番組初出演にして初の所長代理かつ、ジャニーズ事務所所属の初の所長となる。

2004年11月21日放送分から2005年1月2日のSPまで。東野とタッグで代理所長を務めた。
綾部祐二ピース
2011年12月4日放送分。
ベッキー
2012年3月4日放送分。
桝太一(日本テレビアナウンサー)
2013年2月17日放送分。
中居正広
2018年3月25日放送分。
ナインティナイン
2019年11月17日放送分。

秘書経験のある出演者[編集]

松本の体調不良により2011年6月5日放送分から代理で出演。

特筆点[編集]

もともとは「バラエティー生活笑百科」(NHK)と同じで、法律相談をバラエティ番組に仕立てたものである。ただし、2000年代中期以降は法律相談の時間が、5分から10分程度に短縮されているため、番組のタイトルと内容が大きく乖離してしまっている(この点が、1985年の放送開始当初から30年以上も、純粋な法律番組のスタンスを変えていない「バラエティー生活笑百科」と決定的に違う点である)。法律相談では司会者の振りに続いて、まず相談者のVTRを流し、ゲストが弁護士も含めてひとしきりフリートークをした後、法律相談所として相談内容を各弁護士が吟味する。

弁護士は4人がレギュラー出演しているが、彼らの判断が一致することは稀である。同じ課題に対しても「これは離婚できます」「離婚はできません」などと正反対の判断が下されることが珍しくなく、例え結論が一致していたとしても、根拠が全く違うことも多い。

1人の弁護士が断定的に判断を示すという、これまでの法律バラエティ番組のスタイルと異なり、本番組の「複数の弁護士がそれぞれの見地と解釈から判断を示し、その判断がしばしば食い違うところを見せる」という構成は、法律の解釈や適用次第で大きく差異が出ることが珍しくない現実の裁判のような、法律の限界やむずかしさを提示する新しいスタイルである。

ただ、バラエティ番組という性格上の制約から、法律解釈についてあまり突っ込んだ議論がなされるわけではない。個々の弁護士の(こうあるべきという)意見的解釈と、判例等に基づく法曹界の一般的解釈が、区別されずにトークされることも多い。番組では一応の結論めいたものとして、「○○となる確率はXX%」とおおよその確率を示し簡単なコメントをつけて終わる。

また、バラエティ番組の性格上、個々の弁護士が次第にウケ狙いに走る傾向を見せていることなどから、法律解釈のバリエーションや法律論争の真髄からは離れ、当初は鮮やかであったこの特異性は薄れた。

番組名には『法律』と付けられているが、実際には司会とパネラーの法律とほぼ無関係のトークにほとんどの時間が割かれており、当初毎回2件あった法律相談も2007年後半以降は1件しかなくなった。かつては、紳助も番組のトークの中で「この番組は法律番組ではありません」と発言し、法律番組であることを否定していたが、2008年に入ってからは法律番組であることを公言したため、番組のスタンス自体が一定していない。紳助司会時代末期では紳助が「一応法律番組なので、法律1個やります」と発言することが恒例だった。

本番組のもう1つの特徴はゲスト達のトークで、司会の盛り上げるトークタイムが番組の大半を占めている。紳助司会時代では磯野貴理子東野幸治などといった準レギュラー出演者はもちろん、ゲスト出演者も紳助にとことんまでこき下ろされてしまい、出演者同士も互いに毒舌を浴びせあい、さらに弁護士陣の一部まで話に参加させられていた。結果、新番組など告知・宣伝で出演するゲストが限定されており、定期的に番組宣伝のため出演するゲストは沢村一樹片瀬那奈山田優程度である。その反面、視聴率の高さや司会が紳助であったことから旬のお笑いタレントが出演することが多く、紳助は「芸人の見本市」と称していた。また、紳助が若手芸人にアドバイスをすることも多く、「芸能界で生き残る方法を教えてくださいSP」が放送されていた。

ゲスト席前列4席は司会席に近い側から順に「オジさん(大物)席」・「女性タレント(オバさん)席」・「イケメン席」・「アイドル(キレイ系)席」、後列は「お笑いバラエティ系席」となっている(例外あり)。過去に、岸本加世子が「アイドル席」に座ることを希望したが、番組側から拒否され「オバさん席」に座らされたこともある。

公式サイトにある「いいことしようプロジェクト」ではトラブル(法律相談)以外の相談者の募集も行っている。

日本PTA全国協議会による「青少年に見せたくない番組」では平成18年度以降5年連続してランクインしており、平成22年度に8位まで上がっている(平成18年度・24位、平成19年度・同率18位、平成20年度・同率15位、平成21年度・同率19位、平成22年度・8位)。

橋下(大阪府知事大阪市長日本維新の会共同代表→維新の党共同代表→同・最高顧問、大阪維新の会代表)、丸山(自民党参議院議員)は番組の人気を足がかりとして政界に進出した。

番組の特徴・コーナー[編集]

本番組がプライムタイム・レギュラー放送で始まったのは2002年4月7日[26][27] だが、実際の放送開始は2000年3月26日の午後1時半から90分の特番で放送された『日テレ式法律バラエティー・守ってあげたい』である。初回のキャッチコピーは「守ってあげたい」で、弁護士軍団は北村久保田、丸山の3人だった。不定期に特番として放送していたが(特番時のタイトルは『絶対に訴えてやるぞ!!芸能人VS弁護士軍団・大爆笑!法律バトル』だった)、好評だったためレギュラー番組に昇格した。スタジオのセットも白を基調としていた。弁護士人気の発端的番組。

本番組には時間枠を拡大する特別番組でない場合も毎週「〜スペシャル」といったサブタイトルをつけている。

2007年以降の国政選挙施行日の選挙特別番組ZERO×選挙』放送時は、当然本番組は休止されるが、紳助がそちらのメインキャスターを務めていた(2010年の回まで)。

法律相談の再現VTR終了後には、この後スタジオ出演者や視聴者に話を振るために要点や論点を振り返る「ポイント整理」がある。「ポイント整理」は当初は4つの項目に分けてあったが、現在は、法律相談の再現VTRを2-3項目にまとめている。(厳密には、2004年春頃から項目は3つになり、さらに2005年7月頃からは主に2つとなっている。スペシャルでは2003年9月以降ポイント整理はなかったが、2005年10月から復活した)。

ゲストのトークを経て本題に戻り、案件について弁護士どうしが意見を戦わせた後、「あなたの真実は?」という司会者の振りに続いて弁護士の四者四様の判断が示される。それを巡って再び弁護士どうしの論戦が交わされた後、「わが法律相談所が出した結論はこちら」というナレーションから入るVTRが流れ、それぞれの弁護士の判断通りになる確率が示されてこの案件が終わる。この確率が示されているときのBGMは、ラヴェルの「ボレロ」である。

2007年12月までは毎回オープニングに「誰もがはまる法律の落とし穴」というクイズコーナーが放送されていた。ここではパネラーのうち1人が指名され法律クイズに挑戦することになっていた。指名される人は初登場のパネラーである事が多かった。なお、相談者や相手が怒ったり、切れたり、激怒し「訴えてやる」と啖呵をきる場面も特徴だった(後にそのシーンはあまり見られなくなった。)。2008年以降は不定期に通常の相談を休んで、弁護士軍団が監修した法律クイズにその日のゲスト全員が挑戦する法律の落とし穴スペシャルが、年に数回放送されている程度になっている(落とし穴スペシャルのタイトルは毎回変わる。)。一時期、エンディングで法律に関する疑問に弁護士軍団が答える「教えて!弁護士軍団」のコーナーも放送されていた。2009年10月18日放送から法律相談のコーナーは「こんな時どうすればいいの?」にリニューアルされたが、1年程で元に戻る。現在は法律相談と交互に弁護士軍団がテーマに基づいたユニークな法律を紹介するコーナーが設けられている。

本番組のスタッフの多くは、同局でかつて放送されていた『謎を解け!まさかのミステリー』、特番として放映されている『ニッポン人が好きな偉人ベスト100』、2008年2月から放映される『人生が変わる1分間の深イイ話』、そして2008年11月13日放送のモクスペ行列のできる芸能人通販王決定戦』にも携わっている。その証拠に『深イイ話』には2008年5月12日放送分と同年9月8日放送分で、本番組の出演者が出演し、コラボレーションを行った。さらに、6月8日放送分はエンディングではエンドロールと共に、翌日の『深イイ話』の予告も行っている。また、『通販王』に至っては本番組セットをそのまま使っていた。

また、同じく紳助が司会を務めた朝日放送クイズ!紳助くん』を本番組スタッフが「スカイ・エー」を通じて視聴しており、(主にグラビアアイドルの)ゲスト人選をする際、『紳助くん』のゲストを参考に選出することもあったという。(『紳助くん』内での紳助の発言による)。そのためか、本番組のゲストにたいぞう(関西の若手芸人)が出演したり(2005年1月30日放送)、番組中に『紳助くん』から借りてきたVTRが流れることもある。

2011年10月16日のスペシャル放送より編成上の音声がステレオに変更されたが、BGM・効果音含めモノラル音源で収録されている現状は変わっていない。

不定期でスタジオを飛び出しての全面ロケ企画も放送している。

フジテレビ系列『ザ・ジャッジ』との抗争[編集]

本番組がレギュラー化される前の2001年10月に放送が開始されたフジテレビ系列『ザ・ジャッジ! 〜得する法律ファイル』(後の『ザ・ジャッジEX』、2005年3月終了)も同じく法律相談を扱った番組で、非常に内容が似通っていた。そのため、日本テレビ側が編成部長の土屋敏男名で抗議文を送るなど、フジテレビとの間で「パクリ抗争」が勃発していた。

当時日本テレビの萩原敏雄社長は、本番組レギュラー放送開始を発表した当時の定例会見で「パクられたからと言って、ガタガタ言っても仕方ない。パクった方よりいい数字で勝てばいい」とコメントしており、本番組のレギュラー放送は事実上、日本テレビがフジテレビの『ザ・ジャッジ』に挑戦状を叩きつけるような形で開始されている[28]

『24時間テレビ』との関係[編集]

ZERO×選挙2009』を放送した2009年を除き、『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』の後座番組となっているほか、本番組のスタッフがその番組の制作をする年もある。また、本番組のレギュラー・準レギュラーが『24時間テレビ』に出演する場合もある。

2005年(丸山)、2007年(萩本欽一)、2011年(徳光和夫)、2014年(城島茂/TOKIO)は本番組内で『24時間テレビ』のチャリティーマラソンランナーの発表を行い、2005年・2007年・2011年以降はチャリティーマラソンランナーが放送時間内にゴールできなかった場合の中継枠を兼ねて、『24時間テレビ』会場内から生放送を行っている。その際は、本番組終了直後の総合司会・パーソナリティー・チャリティーマラソンランナーがゲスト出演する[29]

この生放送は、完走したマラソンランナー[30]をゲストで招いて感想を聞くというのが基本である。また、つなぎとして未公開シーン放映も実施する。都合により、毎年『24時間テレビ』後の本番組が生放送となるわけではなく、通常放送となる年もあるが、その場合も出演者が『24時間テレビ』の後座番組であることに触れている(未公開シーン放映が行われることも恒例)[31]

有名人100枚の絵でつなぐ カンボジア学校建設プロジェクト[編集]

2007年の年末頃の放送で紳助のトークから企画が始まった。趣旨としては、カンボジアでは貧困で学校の校舎はボロボロで、教科書も3年生までのものしか与えられないという、劣悪な教育状態の中子供達がそれでも楽しく貴重に勉学に励む姿を見て、行列メンバーは勿論、各界の著名人約100人が描いた100枚の絵(など)を出品してもらい、一般視聴者の中から選ばれた人たちによるチャリティオークションを行って、その経費を引いた利益で新校舎を建てようというものであった。また、この手のチャリティー企画にありがちな、オークションを行って学校を建てて終わりというものではなく、その後も不定期ではあるが近況報告や市原隼人、小林麻央[32]ら出品者が訪ねるロケ等が番組内で継続的に行われていた。紳助引退後は近況などに一切触れられていなかったが、2018年5月20日放送分で北村が10年ぶりに現地を訪ね、当時の生徒とも再会した。第2弾はカンボジアで農業を伝えることで貧困から脱却するプロジェクト。

100枚の絵の多くはポストカードにして一般に販売されたり、展示されたりしていた。
2008年5月11日 - 5月25日の3週間の3放送は、通常の法律相談ではなく、上記のカンボジア学校設立の為の資金として各界著名人の描いた絵を売って募金するオークションの模様を放送した。5月11日の視聴率は26.4%と2000年代以降のバラエティ番組としてはかなり異例の高視聴率をマークした。しかも、予想以上の高値で買い取られた絵もある。最終的な買い取り総額は46人で5076万2000円。最高額は紳助の絵で500万円だった(一部の放送は『日テレ55周年特別番組』として別番組扱いで放送された)。
11月23日の放送では、実際に建った学校が紹介され、校章として吉田すずかの図案のアクビちゃん調のキュートなイラストが校舎の壁に掲げられていた。
テーマソング:一青窈はじめて
オープニングアニメーション:吉田すずか[1]

出品作品[編集]


第1弾出品作品第2弾出品作品 も参照。

東野幸治の石垣島トライアスロン結果と 行列チームの新たなる挑戦[編集]

菊地幸夫の趣味がトライアスロンであることから、学生時代に水泳選手として活躍した東野も紳助に言われて2009年4月26日の石垣島トライアスロンへ挑戦することになった。その模様は2009年5月31日に放送された。

応援としてわたせせいぞうがイラストを担当し、応援ソングとして東野が好きな佐野元春の「SOMEDAY」としたが、佐野に曲を使う許可を取っておらず、初期は曲名の下に「東野が勝手に決めたテーマソング」と出されていた。後に佐野本人が事務所を通じてビデオ出演し、最終的に清正公で許可してもらった。現在の佐渡ヶ島トライアスロンでは「東野が大好きな曲」と出されている。途中から本村健太郎も加わって、東野、菊地弁護士と一緒に挑戦した。

なお、地元の沖縄県では、日本テレビの系列の放送局がないため2週間後の6月14日9:00〜9:54に沖縄テレビで放送された。また、地元の新聞に沖縄テレビが広告として掲載し、この石垣島トライアスロン大会の内容を掲載していた。沖縄テレビのホームページにこの時の視聴率が掲載されている。

また、大会を生中継した地元の石垣ケーブルテレビでは東野が出演するCMを前日に放送した。

目標順位を半数の630位以上とし、目標達成。これがきっかけで第10回ベストスイマー賞を受賞する。
菊地幸夫 - 447位
バイクで走行中、ゼッケン装着を忘れてスタートに戻るハプニングが発生。「河原が(以前参加した大会で)レースあきらめなかったんだから、俺だって諦めるわけにいかないんですよ!」と叫び、ハプニングを乗り越えて完走した。
宮古島トライアスロン(水泳3km・自転車155km・マラソン42.195km)完走について。番組とは関係ないが、菊池のみ、この石垣島の1年後、2010年4月18日、全日本トライアスロン宮古島大会に参加して完走した。5月23日放送分でこの完走が報告された。この時、紳助の挑発にゲストの高田延彦がのる形で、高田のトライアスロン挑戦が決まった。
本村健太郎 - 917位
スタート前から不安を隠せなかったが、気力で乗り切った。しかし、後の放送で走行で見せた疲れはテレビ受けを狙った芝居であり、実際は余裕が残っていたことが明らかにされ、罰ゲームとしてボランティア活動をすることになった。 なお、番組とは無関係だが、この大会には近藤真彦ヒロミ(いずれも本番組ゲスト出演歴あり)も出場していた。

東野が佐渡に来た際は、日本テレビ系列局であるテレビ新潟の取材を受け、そこで番組CMも製作されて実際に流された。

気の毒な夫No.1決定戦[編集]

「気の毒な夫」、即ち恐妻家タレント(スポーツ選手も含む)の恐妻エピソードを再現VTRで披露して、最も恐妻の夫を選ぶコンテスト。恐妻家タレントの他、最終審査員として若手女性タレント(出演するのは独身者であるが、既婚の辻希美が審査をしたり、男性ゲストとのコンビで審査したこともある)がゲストとして出演。紳助引退後、しばらくの間、この企画は行われていなかったが、2013年7月7日に約2年半ぶりに行われた。

主な出演者はオール阪神河本準一[38]次長課長)、宮迫博之雨上がり決死隊)、ノッチデンジャラス)、阿部祐二。2010年9月26日放送の2時間SPから石田靖が加わった。現在では何故か離婚後の磯野貴理子(貴理時代も含む)も出演している。

出演者の恐妻エピソードを再現VTRとスタジオトークで披露。それを弁護士軍団により、誰が離婚に至る可能性が最も高いか判断を下し、それらを踏まえて女性ゲストが「気の毒な夫No.1」を決める。No.1には格闘技を模した「チャンピオンベルト」が贈られ、ひな壇のセット後方にベルトを付けポーズを取った写真が飾られる。
番組途中で出演者のうち誰かの妻(スポーツ選手の妻が主に出演する。お笑い芸人の妻も稀に出演する[39])がスタジオに登場(紳助は当初「公開処刑」と呼んでいた)する(本人には、知らされていない)。中でもノッチの妻(佐藤友美[40])は必ず出演する。
2010年9月26日放送の2時間SPでは、ノッチの自宅に小型カメラを設置して、家庭の様子と夫人から髪をひっぱられるなど、罵声を浴びせられる光景のVTRが映し出され、ノッチの恐妻ぶりが披露された。
元プロサッカー選手の本田泰人もこの企画に参加していたが、2009年秋に離婚。弁護士軍団から「本田さんから申し出れば簡単に離婚できますよ」と言われる程だった。2011年には同様に番組に参加していた石井慧も離婚した。
当初は不定期にレギュラー枠で放送していたが、現在は特番で放送されている。
現在では出演者紹介の際、プリンス『Endorphinmachine』(フジテレビ系列『K-1』中継テーマとしてお馴染みの曲)のイントロが流れ、出演者が「気の毒な夫川柳」を詠んでスタジオに入っている。

歴代優勝者と最終審査員[編集]


困ってる先輩にいくらお金をだすか?[編集]

先輩芸人(河本準一・宮迫博之・磯野貴理子等)が後輩芸人に対して理由を言わずに借金を頼むという、暗に後輩が先輩にどれ位の価値を示すのかというドッキリ企画。
トータルテンボス藤田憲右は河本に500万、インパルス堤下敦は宮迫に100万、NON STYLE井上裕介に至っては磯野に1000万円貸すと言っている。しかしオリエンタルラジオ藤森慎吾は、河本に15万円と現実的な金額を提示、河本も一瞬「えっ?」と思わせる程のドケチだったため、以後藤森が番組に出る際はネタにされるようになる。

コラボレーションCM[編集]

2009年10月より2010年1月まで番組スポンサーの1つであるタイガー魔法瓶とのコラボレーションCMを放送していた。
これは6月28日放送分で「私たち結構頑張ってるのに何故かCM出演ゼロなんですSP」としてCM出演が1本もないタレントがゲストとして集まり、企業にアピール(提供クレジットの上下にもスポンサーに呼びかけるテロップを表示)をした結果、タイガーがそれに答えて(タイガーのCMを希望していた)陣内智則と磯野を番組内で流す「土鍋釜・黒」CMキャラクターとして起用して実現したものである。ナレーションも武田広が担当している。
現在はライオン日産自動車などが『スッキリ』や『ヒルナンデス!』などと同様に番組のセット・演出を使ったCMを放送している。

ロシナンテス関連[編集]

2010年2月7日に活動が取り上げられた。理事長の川原尚行がスタジオに出演。
きっかけは紳助が『朝日新聞』の記事でロシナンテスの活動を目にしたことであった。ちなみに、その記事は偶然にも紳助の娘の友人が担当したものであった。
2010年5月2日放送分において、本田泰人(川原理事長と同じ北九州市出身)がボランティアで現地の女子サッカーを指導。わたせせいぞうがこの活動のイラストを完成させている。

番組の歴史[編集]

2002年の番組開始当初はネットCMは前番組 『知ってるつもり?!』より1分少ない5分(そのうちの1分は『ザ!世界仰天ニュース』に移行)で後半にはローカル枠1分あったが、2004年4月に前番組終了時に戻し6分に拡大しローカル枠を廃止した。
2002年の末期、北村晴男丸山和也が1対1の野球対決を行った。投手は北村、打者は丸山で、結果は北村が丸山を三振に打ち取り勝利。
2003年3月久保田紀昭が『噂の真相』の報道を巡って降板(詳細は久保田紀昭の項を参照)、2003年の春のスペシャルより後任の橋下が登場。
2003年10月5日では、松本が欠席し、日本テレビアナウンサーの杉上佐智枝が秘書代理を務めた。
2004年10月31日の放送では、司会の紳助が暴行事件による活動自粛のため出演できなくなったため、番組は急遽生放送(他の紳助のレギュラー番組では字幕スーパー表示でしばらくの間は通常通り放送されたが、本番組は法律をテーマにしているためそれができなかったことによる処置)になり、準レギュラーの東野が代理として司会を担当。11月7日も同じく生放送で、ここまでの2週では「わが法律相談所の出した結論」のコーナーはカットされた。14日の放送は収録となったが、引き続き東野の司会となった。11月21日の放送分から2005年1月2日(ザンゲのコーナー除く)までは「Wコウジ」として東野の相方に近い存在である今田耕司が司会に加わり松本と3人で行っていた。
2005年1月2日の前座番組『笑点スペシャル』の後SBなしで2時間半のスペシャルの枠内で紳助が生放送で復帰のあいさつを行った。
2005年1月30日では、松本が欠席し、一昨年に引き続き、日本テレビアナウンサーの杉上佐智枝が秘書代理を務めた。
2011年6月5日 - 7月10日放送も、松本は体調不良により番組を欠席、当時日本テレビアナウンサーの西尾由佳理が秘書代理を務めた。
2005年3月20日には19:58 - 22:54に初の3時間スペシャルを実施。日テレの人気番組・新番組(『世界まる見え!テレビ特捜部』、『伊東家の食卓』、『エンタの神様』、『ザ!情報ツウ800』、『金のA様×銀のA様』)の出演者が集結し、紳助とビートたけし所ジョージという夢の共演も実現した。『スーパークイズスペシャル』の時は、紳助:『クイズ どんなMONだい?!』・『嗚呼!バラ色の珍生!!』、たけし:『世界まる見え』、所:『世界まる見え』・『どちら様も!!笑ってヨロシク』・『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』の各チームとして出演していた)。
2005年8月28日の放送は『24時間テレビ28 「愛は地球を救う」』の放送後、日本武道館からの生放送。未公開映像放映・総集編と丸山の祝福番組となった。この回の視聴率は当時の最高となる30.8%を記録した。
2005年9月27日には同じく日本テレビ系列『踊る!さんま御殿!!』の特番に、紳助率いる行列メンバーが参加した。
2006年1月1日には20:00 - 23:30の3時間30分スペシャルが放送され、ダイエット宣言した住田の体重測定が生放送で行われた。
2006年1月22日放送で法律相談件数1000件突破。森光子北島三郎など大物芸能人からの花輪も届く。
2006年10月29日にて放送200回突破。
2007年3月18日放送分「紳助と行くとっておき裏京都の旅スペシャル」にて、京都市内の漬物店を紹介する際、別の漬物店のWebサイトに掲載された写真を無断使用していたことが後に判明し、法律を扱う番組なのにもかかわらず著作権への意識が低いと非難・叱責を受けた。日本テレビは「当事者間で交渉中のため、コメントは控えさせて頂く」としていたが、現在は和解している。後に、制作局長渡辺弘、担当チーフプロデューサー、プロデューサーの3人が減給処分となった。
2007年6月17日放送分は、6月15日自民党から比例代表参議院選挙に出馬する意向であることが明らかになった丸山の映像をCGや黒抜きの映像等でカットして放送、三分割した他の三人の映像等も使用された(手や後ろ姿などは映った)。日本テレビではこの日に放送した回は5月27日に収録したが、この日の夜までに視聴者から100件を越す問い合わせがあったという。
翌週の6月24日放送分より、過去に若手弁護士スペシャルに出演した弁護士らを含む他の弁護士が、週代わりでピンチヒッターとして丸山の代役を務めていた。
参議院選挙終了後の8月5日放送分には当時外務大臣麻生太郎がゲスト出演していた。その日の放送では同じく選挙に携わっていた丸山の出演はなかったが、休止前丸山が最後に出演した6月10日以来初めて、紳助と北村が丸山について触れていたことを番組内で放送した。
2007年8月19日の放送は『24時間テレビ30』の放送後、武道館からの生放送。マラソンランナーである萩本欽一が『24時間テレビ』の放送時間内でゴールできなかったため、本番組の放送時間の中で、ゴールの模様を生放送した。この回は上記で述べた通り、萩本のゴールの模様を生放送したこともあってか、視聴率は番組最高の35.3%とかなりの高視聴率を記録した。(ビデオリサーチ「芸能・バラエティー」部門の史上最高視聴率番組第5位に記録、1989年以降で一番高い結果となり、唯一の35%越えとなった。)この回での瞬間最高は42.9%。また、同生放送で丸山が約2ヶ月ぶりに出演したが、その日の放送分は上記の理由から法律相談は一切なかった。その後もしばらくはピンチヒッターが丸山の代役を務めたが、2007年9月23日放送分で丸山は弁護士として番組に完全復帰した。しかし、議員活動との兼ね合いから不定期での出演に変わった。それ以降、丸山は2008年3月2日放送分のみに出演(他局の番組には時々ゲスト(肩書きは自民党参議院議員)として出演していたこともあった)して以降、2009年は議員活動多忙のため、出演はほとんどしていなかったが、2010年4月18日放送で約2年ぶりにゲストとして出演した。
2007年10月7日において、行列ドラマ『裁判員制度、もしもあなたが裁判員に選ばれたら?』を放送し、裁判員制度の問題点などを詳細に描いた。これは2008年1月13日放送分のSPでも取り上げられ、放送時に本番組が法律番組であることを明らかにした。
2007年の年末期に、アグネス・チャンと紳助の2人の何気ないトークから、カンボジア学校設立のためのボランティア活動が始まった。詳細は有名人100枚の絵でつなぐ カンボジア学校建設プロジェクトの節を参照。
2008年2月10日放送で、にしおかすみこが、収録日の大雪による北海道発の飛行機の出発遅延が原因となり、番組史上初の遅刻出演となった。
2008年3月9日放送より、ポイント整理の画面と結論の画面がリニューアルされた。
2008年8月31日放送で300回放送を突破し、この日と翌週の9月7日と2週にわたって、「もう一度見たい名場面集SP」を放送した。
2009年7月26日放送分は紳助が本番組開始前まで放送されていたフジテレビ系列『FNS26時間テレビ (2009年)』(同7月25日 - 26日)の総合司会を担当していたため、新聞のテレビ欄に「紳助27時間目突入(正確には26時間目突入)」と表記された(番組冒頭でも、武田広のナレーションでそのことが紹介された)。なお、『FNS27時間テレビ』は27時間編成になることが多いが、紳助が本番組に出演するためなどから、1時間短い26時間編成となった[41]。紳助は翌2010年も『FNS26時間テレビ (2010年)』(同7月24日 - 25日)の総合司会を担当したが、同年7月25日放送分ではそれを強調した演出は特になかった(ただし、関連エピソードがある。詳細は『僕らには翼がある〜大空へ〜』の項を参照)。
2009年12月6日放送分は当日に準レギュラーである磯野の離婚報道が出たこともあり、番組内容を一部変更、磯野が離婚について言及する企画が放送された。
初期は2-3本あった法律相談のVTRが途中からは1本、または全くない週が増えるが、代わりに教えて!弁護士軍団!こんな時どうしたらいい?のVTRになった。
2010年3月21日放送で、出演した参院議員の丸川珠代や元衆院議員の大塚拓の番組中での発言や選挙区名などをテロップで流したことについて、視聴者から公職選挙法に違反するのではとの指摘があり、放送倫理検証委員会4月9日に日本テレビへ審議入り判断のための質問状を送っている[42][43]
2010年12月5日の放送では出演予定だった野村克也が急遽出演できなくなり[44]、収録が日曜日であったせいで代役補充も間に合わず出演者席が一つ空いた状態という異例の事態で収録が開始された。このため、途中からアンガールズ田中卓志が出演したが、番組の最初に放送された出演者の高校時代を振り返るVTRでは不在である野村の写真もそのまま放送された。
2011年3月13日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)による『NNN報道特別番組』により、休止となり、翌週3月20日放送回は番組冒頭で紳助による被災者へのメッセージの後、3月13日に放送する予定だった内容を一部編集して放送した。
2011年8月21日の放送は『24時間テレビ34』に引き続いて武道館からの生放送。結果的にこの回が紳助の出演する最後の回となった。
2011年9月25日の放送では、収録途中で東野幸治が別の仕事を優先して退席したため、その回の企画でゲスト出演したオリエンタルラジオ藤森慎吾が代わりに東野の席に就いて収録を続けた。
2011年12月11日FIFAクラブワールドカップ2011準々決勝、柏レイソルモンテレイ戦中継の為、21:35からの放送の予定だったが、サッカー中継延長により22:30からの放送となった。
2011年12月18日 - 2012年1月8日は番組史上最長となる4週連続休止となり、2012年は1月15日からの放送となった。
2012年1月15日放送の新春2時間SPは、明石家さんまが代理司会として初登場した(同年10月21日放送の秋の2時間SPもさんまが代理司会をした)。
2012年8月26日の放送は『24時間テレビ35』に引き続いて武道館から生放送。『24時間テレビ35』の終了時刻が21:09に繰り下がり、本番組は21:15 - 22:09の放送となった。
2012年12月9日FIFAクラブワールドカップ2012準々決勝、サンフレッチェ広島アルアハリ戦中継の為、21:35からの放送の予定だったが、サッカー中継延長により21:40からの放送となった。
2013年から番組改編期に番組対抗スペシャル『DASHイッテQ!行列のできるしゃべくり 日テレ系人気番組No.1決定戦』が放送されている。セットベースは本番組のものになっている。
ふなっしーは度々ゲストで登場するが、臭いの苦情が相次いだことがきっかけで、東野の自費によりふなっしー2号が制作され、2013年12月8日の放送でふなっしー2号が初披露された。
2014年6月22日で放送500回を迎えた。
2016年11月27日で放送600回を迎えた。
2016年12月18日FIFAクラブワールドカップ2016決勝、レアル・マドリード鹿島アントラーズ戦中継の為、21:35からの放送の予定だったが、サッカー中継延長により22:15からの放送となった。
2016年12月25日・2017年12月24日・2018年12月23日はSMAPの解散により2015年で放送終了となった『さんま&SMAP!美女と野獣のクリスマススペシャル』の後継の年末特番として全面生放送を行っている。「24時間テレビ」放送日及びマラソンランナー発表回以外では、2004年の紳助謹慎時に臨時で生放送を行って以来12年ぶりで、生放送での2時間スペシャルも2016年の1回目が初めてだった。2017年以降は、上記の経緯からさんまの司会で生放送が行われている[45]。各年ともゲスト・行列メンバーのその年の「汝の罪」を懺悔する企画が行われ、ゲストや司会者によって決められた懺悔をする出演者には罰ゲームが執行される。番組中盤で決められる1組目には「静電気ビリビリジュース」(2016年)、「墨汁バズーカ」(2017年・2018年)を、番組終盤で決められる2組目は「ザンゲの滝201x[46]」を浴びる。企画に加えて、2017年までは結婚を発表したばかりの著名人が登場する企画も行われ、2016年は長友佑都平愛梨が、2017年はトレンディエンジェル斎藤司が登場した[47][48]。オープニングではゲストの歌手が歌を披露する中で、出演者が入場する。
2018年3月25日放送分はスペシャルMCとして中居正広が初出演。過去の代理MCにおいて、ジャニーズからの起用は初。
2018年8月19日放送分は通常放送ながらも、生放送だった。行列メンバー・ゲストがネットニュースに挙がりそうな重大発表をした。なお、翌週の8月26日の放送も『24時間テレビ』直後の生放送スペシャル(通常放送)のため、異例の2週連続生放送となった。

紳助の引退に伴う対応[編集]

2011年8月28日は、紳助の芸能界引退の影響で休止となり、前座番組『世界の果てまでイッテQ!』の2時間スペシャルが放送された。8月29日に日本テレビより放送継続が発表[49]9月4日以降は司会者を交代して継続されることになり[17]、準レギュラーの東野幸治後藤輝基フットボールアワー)に加え、綾部祐二ピース)・明石家さんまベッキー桝太一(日本テレビアナウンサー)が代理司会を務めた。いずれも暫定的な臨時司会であった。

紳助引退・降板の影響で、各局における再放送(後述)は当面の間は別番組に差し替えられ、時差ネット局の沖縄テレビも2011年8月28日から9月25日までは『1億人の大質問!?笑ってコラえて![50] などに差し替えていた。

過去の紳助と出演者のトークのVTRが使用されるときは、出演者の発言シーンの部分のみ使用され、紳助の顔や姿が映りこまないように編集して放送されているが、そのような場合でも、相槌程度の声が入っていることはある。

一方で、出演者が紳助の実名を出してトークをすることがある(特にスペシャルMCの 明石家さんま)。2017年12月17日の700回記念スペシャルの冒頭でも、東野が紳助が6年前に引退したことを実名を伏せずに説明している[51]。また、2018年5月20日放送分での上述のカンボジアのプロジェクトにおいても「紳助が発案した」ことが説明され(紳助の発言は別のナレーターで処理)、本人の姿こそ映らなかったものの当時の映像における声、本人が描いた作品が放送された。

番組テーマ曲[編集]

「『燃えよドラゴン』のテーマ曲(Enter the Dragon theme)」※シンセサイザー演奏したアレンジ。冒頭と次回予告のBGMに使われる。
これとは別に、タイトルバックの曲が存在する。

スタッフ[編集]

総合演出・企画:橋利之(2019年6月9日-、企画兼務)
構成:桜井慎一石原健次山名宏和、杉山奈緒子、三木敦、榊暁彦、尾首大樹
コンセプト:高瀬真尚
TM:小椋敏宏
SW:米田博之
カメラ:中村佳央、西阪康史(週替わり)
MIX:三石敏生、藤岡絵里子(週替わり)
調整:佐久間治雄
照明:小笠原雅登、粂野高央、藤山真緒、千葉雄(週替わり)
編集:澤田直樹、長谷川賢太(週替わり)
MA:佐渡吉志広
音効:加藤つよし
美術:葛西剛太
デザイン:波多野真理
マルチ:ジャパンテレビ
TK:矢島由紀子、石島加奈子(週替わり)
デスク:宮城知代(2012年4月15日 - )
リサーチ:喜多あおい(毎週)、鹿山智美、斎藤道子、猪目匡美、角田さち代、小野塚尚子、坪田あすか、小泉暁、高橋直子(週替わり)
演出補:白井薫、森田新之介、小泉瑠沙子、近藤優人、林部海斗、梅田凌弥、大杉悠介、北原加歩、青山広野、千田野々香、藤原優太、石岡桜咲、森山翠月、角香苗、青海りな、西琴美、小松祥、中川健太、山田紀人、森谷大輔、三浦大明、松原優貴、稲田成紗、谷田勇樹、小嶋眞生、安保美優、佐藤豪、利元智幸、田中雄大、駒形裕美、須藤拓巳(週替わり)
AP:東條いづみ、星野智絵(毎週)/ 植木風佳[52]、三上由貴、飯昌宏、藤森彩夏[53]、小松愛、加藤和恵[54]、安田純奈、山浦ひろみ、板野夏季[55]、金ビンナ[56](週替わり)
ディレクター:蒲龍太郎[56](毎週)、渡辺浩則、阿多野淳、鶴巻昌宏、有瀧希[56]、三木茜[56]、池田翔、野満一朗太、下村彩人、吉田陵、高梨智子[56]、小澤博之、桑山(原)ゆうり、南村洋志[56]、柏田雄二、安戸あゆみ、綾部健二[56]、笠原瑠宇久[56]、増田貴也[56](週替わり)
演出:木下仁志、川平秀二、山嶋将義、市川隆[56]、谷口欽也、大楽和也[56]、中山準士、吉野真一郎、安島隆[57](週替わり)【毎週1人担当、その他はディレクター】
プロデューサー:吉無田剛[58]、渡邊文哉[59] / 小島俊一、井上伸正[60]、柳井千晴[61]、荻原伸之、三浦由舞[62]、相川弘隆、向山典子[63]、竹内加奈子[64]、名田雅哉[65]
制作協力:いまじん創輝ZIPPY
チーフプロデューサー:川邊昭宏(2019年6月2日-、以前はディレクター→一時離脱)
製作著作:日本テレビ

歴代スタッフ[編集]

チーフプロデューサー : 柏木登[66]桜田和之[67]梅原幹[68]→松岡至[69]菅賢治[70]福田博之[71]田中宏史[72]→松岡至→糸井聖一[73]横田崇[74]
プロデューサー : 瀬戸口正克[75] 、岩下英恵[76]/ 金佐智絵、福島ツトム、高島良子[77]、伊藤賢剛、松井昂史、小森節子、川嶋典子[78] 、大島美貴、大村和史、伊藤ひろみ[79]、松明央、黒川こず枝[80]、冨永祐一、木下俊[81]、南里梨絵[82]
演出 : 山下美紀子、鈴木基之、鬼丸尚、みつよし、渡辺宏、東井文太井上晃一、大島新、笠原裕明、須藤拓也、田仲芳幸、西原信行、飯塚一志、平野彰子[83] 、田島与真、川本賢一郎、番秀一郎、卜部一哉、福田逸平太、塚田直之【毎週1人担当、その他はディレクター】
ディレクター : 小島友行、神山祐人、高野透矢、濱川悦子、千葉隆弥、森口みち子、高橋和博、米川昭吾、和気由香子、兵藤秀樹、山本和子、小野努、石原康就、山泉貴弘、原田誠之、鈴木剛史、川崎文平、樽見近工、高橋康弘、津坂健一、吉村正好、阿部高、中廣周平[84]、渡邉孝之、長井香織、古立善之、萩原由美、萩森豪、村田欣也、小川大輔[85]、川端鉄也[86] 、橋公彦、齋藤吉彦、綿部裕基、神野敬久、岩本智也、橋本友宏、嘉数真二郎、高柳景多、横山健一、中辻宏之、太田憲一、白鳥秀明、中野淳太、渡邊修一、藤森真実[87]、青柳剛、斎藤悠哉[88]、石井麻美、大原正也、柳瀬寿明、森田篤、日野力、長縄亮、佐藤正子、松本義人、伏貫健介、西野昇三、荻原実、陣崎行夫、落合圭太、上村雄一[89]、河野亮、田中真之、田中友洋、作井正浩、鈴木大介[90]、佐々木文恵、笠原裕、郡亮太、斎藤政憲、渋谷英史[91]、武石一也、二神新、水野格[92]、真木健一郎、田辺純平、杉本泰規[93]、中山健志[94]、古沢将[95]、田中淳也、黒石岳志[96]、間篠高行、石川直志、坂上祐生、須藤将太[97]、坂本透、鈴木章浩、齋藤健太
AP : 滝澤真一郎[98]、杉山直樹[99] / 松原紀子、本橋由美子、広瀬聡子[100] 、秦野晃子、北口拓也、前多由香[101]、西沙織、八木田祐子、工藤江美子、伊藤実枝子、升田久美、関原奈津子、中村久美、竹部歩美、由茅奈保美、橋保乃[102]、岡野明子、矢嶋麻実、原田貴子、前川泰徳、井出まり子、成子美里[103] 、本橋亜土[104]、上田理永、松本幸子、竹鼻由起子、青木唯香、熊木みほ
演出補 : 大川幸子、後藤雅彰、阿部祐介、井川春彦、藤井浩、元藤稔、山本結城、大竹正高、村上久美、高橋滋紀[105] 、道下貴之、坂脇申悟、伴在宏将、金明生、柳さおり、須山繭、相沢宏明、塚本健太、北村剛、高木智和、森慶太、鹿島宏美、佐藤大輔、増田俊樹、小滝香一、平川絵都子、大野奈美子、渡部修士、水野雅之、比嘉志奈子、高橋正人、山下貴幸、篠原輝成、二瓶剛、篠田栄一、宮森宏樹、原田修、檜山卓巳、牧昇一、平口ちはる、後閑玲子、竹本有希、斎木繁、水野史章、阿瀬恵子、山口徹、及川朋子、杉野将人、砂川桂一、内山知子、原奉江、根本優子、赤石亜紀子、谷口恵理、宮下友良、永田大地、服部真由子、丸賀康弘、関矢祐子、横川良明、清水賢一、佐々木彰文、森田幸子、中島由佳理、穴田拓也、板倉亜湖、津留彩香、山ノ辺紀子、有馬奈津美、満尾晋介、瑞慶村祥子、南村洋志、高田一樹、高橋司、岡山眞也、亀山敦史、宮本貴資、笹淵拓也、亀井喜美、満人誌、岩崎優貴、長谷部雄人、石ア淳、赤堀哲也、加藤千晶、秋山哲也、紀湘琳、及川洋平、志田誉幸、松尾直子、佐藤譲二、田山康一郎、小松幸敏、佐藤絵理、崔智安、扇畑亘、桑原香織、郡司泰雅、太田昌伸、辻美子、関友香理、西木亮、大友野乃花、高橋瑞季、井田美由紀、土佐実季世、平原かおり、小浦順平、安孝貞、山口由晃、遠藤泰輔、阿部ひとみ、杉浦啓太、小野喬、西尾享祐、有賀響平、藤田大樹、大井友美、小林純平、名取佑樹、宮入夏帆、向坂圭祐、池田真希、和田薫、鈴木大介、安井啓太、櫻田志歩、小柳直康、吉野篤史、唐川海咲、井戸湧太、相原久美子、小高浩志、武田奈々瀬、細川祐子、永井愛、鈴木亜耶乃、塚本知華、大須賀美紀、江川知宏、河野拓馬、酒井尋子、水口直治、池田修大、武藤和俊、野村竜也、小坂貴司、曽根隆平、江畑琢也、山城泰一、井口俊祐、河野正志、水上和正、因幡大祐、福田和弘、平山晃仁、高見澤弘樹、長江真也、山下晴代、藤川悟志、鈴木遼太、富永直也、伊藤実和子、河合亮輔、野谷孝文、諏訪原彩、木村真菜、青木優太、大城飛鳥、服部愛寿美、菱田将太、長谷川智也、影山龍太、石月凛矢、神林直人、市野綾海、山本夕莉奈、松田咲紀、河原由希奈、杣俊輔、今野瑞樹、清家千晶、倉田隆一、釜口恵太、石田駿弥、田中健太、小林潤平、藤村香里、佐々木拓弥、伊藤善洋、寺田健太、樫尾魁、伊藤弘暁、河田里実、奈良脩人、今咲乃、羽佐田侑宇、矢澤永吉、石川卓哉、松川起帆、栗川鈴未、菅勇次朗、西岡真結子、村上優奈、鈴木あかり、前田優子、木内光、河ア千佳子
制作進行 : 佐々木乃武良、太田恵
構成 : 金森直哉、吉野宏、池尻久志、中村周史、大塚三十四、マツピロ
リサーチ : 島田京代、中澤範行(之)、高橋聡子、大島祐紀子、原田幸宏、神谷直樹、宇津木瞳子、高村敬一
TM : 吾妻光良、勝見明久、江村多加司、新名大作
SW : 高梨正利、村松明、三井隆裕
カメラ : 山田祐一、柴崎進、渡辺滋雄、日向野崇
MIX : 大島康彦、鈴木佳一、池田正義
調整 : 服部博、弓削聡、佐藤満、山口考志、笈川太、小澤郁彌、杉本裕治、別当亮、矢田部昭、石山実、山口裕貴、三山隆浩、石野太一、鈴木昭博、古手川大、八木一夫
照明 : 小川勉、内藤晋、高橋明宏、中瀬有紀、村山真美、真壁弘、木村明、安井雅子、高星武志、阿部権治、佐野広之、大川俊行、河内俊明、木村弥史、大矢晃、坂下毅一、谷田部恵美、井口弘一郎、名取孝昌、加藤恵介、下平好実、宮田千尋
美術 : 小野寺一幸、林健一、佐藤千穂
デザイン : 星野充紀
編集 : 安井純治、今田嘉紀、宿屋好孝、居川貴美晃、川奈部野和、生田目隼、橋本治、奥河内晋作、森田智之、田裕明、遠藤龍祐、西田拓実
MA : 奥田幸裕
広報 : 杉山克美、一杉早智、高木明子、満松隆一郎、玉造昌和
デスク : 小池智子(2002年4月7日 - 2012年4月8日)
編成企画 : 原司
制作協力 : ジーワン

ネット局と放送時間[編集]


関連番組[編集]

謎を解け!まさかのミステリー(2003.10.17〜2006.3.10)- 同じ司会・スタッフが携わっていた。
人生が変わる1分間の深イイ話(2008.2.25〜)- かつては同じ司会・スタッフが携わっていた。

出典・参考文献[編集]

出典:Wikipedia
2020/02/19 05:00
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