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広田弘毅
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1.生涯
1.9.その後
2001年平成13年)当時首相であった小泉純一郎が靖國神社に参拝したことをきっかけにA級戦犯分祀論が注目を集めた。その際、広田の孫の弘太郎(当時67歳)は2006年(平成18年)7月27日付をはじめとするマスメディアの取材に対し、「広田家が1978年(昭和53年)の合祀に同意した覚えはない」、「私が合祀を聞いた時にはびっくりした。そんなはずはないと、間違えて祀ったと」、「靖国神社は確信犯としてやったのでしょうね。勝手に祀られたというか、びっくりしたということに加えて言うとすれば、不快感まで言っていいのかわからないが決して喜んではいないし、できれば取り消して欲しい」、「家族としては英霊として祀られることを希望しません。特に靖国神社に。英霊だとみなして頂くことが、うれしいことではない。靖国神社というものはお国のために戦死した兵隊とか軍人とか、そういう方を祀るためにできた神社であって、軍人でもなければ戦死者でもない広田弘毅が靖国神社に祀られる資格さえない。私どもから希望したりお願いしたことはありません。神社の方から同意を求めるということもありませんでした」、「祖父は軍人でも戦没者でもなかったので靖国神社と広田家はそもそも縁がない。また、首相であったので何らかの責任はある」という見解を述べている。

2015年には小説家城山三郎が小説「落日燃ゆ」の取材で訪れた際も、叔母たち(広田弘毅の娘たち)は立ち会わず、ふすま越しにやりとりを聞いていたことや、父母などに 「おじいさんは立派な人だった。おまえもああいう人を目指しなさい」、「顔が似てる」と言われていたと振り返り、「靖国神社で祭られる方は戦死した兵隊や軍人だが、祖父は軍人でも戦死者でもないので菩提寺で十分だと思っている」と述べ、靖国神社に日本国民として慰霊の気持ちでお参りしていることを明かしている。

そして「日本国民の代表である首相がお参りするのは当然で、隣国に何か言われるから参拝しないのは、とんでもない話だと思います」。「東京裁判がどういう経緯で判決に至ったか。審理されなかった証拠は山ほどあり、研究する意義はあります。時を経て記憶が薄れるのは仕方ない。でもせめて私の子供の世代ぐらいまでは東京裁判を含め現実の歴史がきちんと伝わってくれればよいのですが…」と語った[29][注釈 13]

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出典:Wikipedia
2020/02/11 10:00
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