広島市への原子爆弾投下
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2.原爆被爆側の視点
2.6.原爆による死亡者
爆心地から500メートル以内での被爆者では、即死および即日死の死亡率が約90パーセントを越え、500メートルから1キロメートル以内での被爆者では、即死および即日死の死亡率が約60から70パーセントに及んだ。さらに生き残った者も7日目までに約半数が死亡、次の7日間でさらに25パーセントが死亡していった。

11月までの集計では、爆心地から500メートル以内での被爆者は98から99パーセントが死亡し、500メートルから1キロメートル以内での被爆者では、約90パーセントが死亡した。1945年昭和20年)の8月から12月の間の被爆死亡者は、9万人ないし12万人と推定されている。

原爆が投下された際に広島市内にはアメリカ軍の捕虜十数名が収容されていたが全員が被爆死している。このアメリカ軍捕虜は7月28日呉軍港空襲を行って戦艦「榛名」に撃墜されたアメリカ陸軍航空隊コンソリデーテッド・エアクラフトB-24爆撃機数機(タロア号、ロンサムレディ号、その他)の乗組員である。彼らは憲兵隊司令部がある広島市に移送された直後の被爆であった(広島原爆で被爆したアメリカ人参照)。

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(2.5.被爆救護活動)
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(3.被爆者を使った人体実験)
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出典:Wikipedia
2018/07/14 13:00
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