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斎藤実
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1.経歴
1.2.海軍軍人として
1873年(明治6年)10月27日に海軍兵学寮(後の海軍兵学校)に入学[1]1879年(明治12年)に卒業した(6期)。同期に山内万寿治坂本俊篤がいて、「海軍の三秀才」と呼ばれた[2]
1884年(明治17年)9月19日から1888年(明治21年)10月26日までアメリカ留学兼駐米公使館付駐在武官を務めた。1888年(明治24年)に帰国し、海軍参謀本部員、「秋津洲」、「厳島」艦長を歴任した。1896年(明治29年)11月6日に戦艦「富士」回航委員に任じられ、艦はスエズ運河を通航して1897年10月31日に横須賀に到着した。1898年(明治31年)11月10日に第1次大隈内閣山本権兵衛海軍大臣の推挙により海軍次官に就任、艦政本部長を経て1906年に第1次西園寺内閣で海軍大臣を拝命し、第1次山本内閣まで8年間つとめた。1912年大正元年)、海軍大将1914年(大正3年)、シーメンス事件により海軍大臣を辞任し、予備役に編入された。

1919年(大正8年)、武断政治が批判された陸軍大将長谷川好道に代わって、現役海軍大将に復して第3代朝鮮総督に就任、文化政治を推し進めた。同年9月2日に朝鮮の南大門駅(現 ソウル駅)において、独立運動派テロリスト姜宇奎に爆弾を投げつけられる暗殺未遂事件に遭遇している。ジュネーブ海軍軍縮会議全権委員、枢密顧問官への就任を経て1929年(昭和4年)に朝鮮総督に再任され1931年(昭和6年)まで務めた。

[4]前ページ
(1.1.生い立ち)
[6]次ページ
(1.3.総理大臣兼外務大臣(満州国承認から国際連盟脱退まで))
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出典:Wikipedia
2020/02/18 13:30
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