国際女性デー
▼人気記事ランキング
1.起源
1904年3月8日アメリカ合衆国ニューヨークで、女性労働者が婦人参政権を要求してデモを起こした。これを受けドイツ社会主義クララ・ツェトキンが、1910年コペンハーゲンで行なわれた国際社会主義者会議で「女性の政治的自由と平等のためにたたかう」記念の日とするよう提唱したことから始まった。

国際女性デーにちなむ最大の事件は、1917年ロシアで起こった二月革命であろう。国際女性デー(当時ロシアで使われていたユリウス暦では2月23日にあたる)に首都ペトログラードで行われた女性労働者を中心としたデモは、男性労働者、更には兵士を巻き込んだ大規模な蜂起となり、最終的には帝政を崩壊に追い込んだ。

国連1975年(国際婦人年)の3月8日以来この日を「国際婦人デー」と定め、現在は国際連合事務総長が女性の十全かつ平等な社会参加の環境を整備するよう、加盟国に対し呼びかける日となっている。2000年には、国連人権高等弁務官メアリー・ロビンソン(Mary Robinson、アイルランド初の女性大統領)が21世紀に向けて「女性が権利の獲得に向けたこれまでの歩みを祝うと同時に、女性被害者は、いまだに跡を絶たないことを想起する日」であると言明する文書を発表した。イタリアでは女性が互いにミモザ(ギンヨウアカシア - Cootamundra wattle)の花を贈り合い(もともと男性が女性に贈る習慣がある)、この季節を迎えると街中にミモザの花がみられる。

その後、国連は2010年7月2日の国連総会で女性に関わる国連の活動と組織改訂について決議、4機関を統合し「ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機関」略称 UN Women を設立している[2]。この機関はそれまで独自の活動をしてきた4機関すなわち略称 DAW (国連経済社会局女性の地位向上部)[3]、略称 INSTRAW 国際連合経済社会理事会国際婦人調査訓練研究所[4]、略称 OSAGI (国連ジェンダー問題特別顧問事務所)[5]、略称 UNIFEM(ユニフェム) (国連女性開発基金)[6]がひとつにまとまって、2011年1月1日より活動をはじめる。さらに各国の状況に合わせて UN Woman の活動を進めるため、ひとつの国につき国内委員会 (National Committee) をひとつ認めたのである。UN Woman の国内委員会は民間団体。[7]

アメリカ合衆国などは、国際女性デーを含む3月を女性史月間としている[8]

[6]次ページ
(2.日本の状況)
~目次に戻る
出典:Wikipedia
2018/12/13 22:30
ソ人気記事ランキング
2018/12/18 更新
 1位日本
 2位大久保利通
 3位西郷隆盛
 4位12月17日
 5位マコーレー・カルキン
▲上に戻る
[9]Wikipediaトップ
[0]gooトップ
免責事項
(C)NTT Resonant