国際女子スポーツ連盟
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3.日本の対応
日本においてFSFIに加盟し女子の陸上競技代表権をもっていたのは日本女子スポーツ連盟(略称:JWSF)であった。1926年大正15年)4月1日創設。会長は木下東作。国際女子競技大会への女子選手派遣、日本女子オリンピック大会の開催、派遣資金の調達、日本各地での高等女学校生徒を対象にした講演会の開催など、女性スポーツの促進活動を行った。一方男子については日本陸上競技連盟(略称:JAAF)が代表権を持っていた。オリンピックへの女子選手派遣については、アムステルダム大会・ロサンゼルス大会ともJWSFの合意の下、JAAFが行っていた。

JWSFの吸収に関しては、JAAF総会の議事録によれば1929年12月から公式に準備がなされ、1933年にはJAAF内部に女子競技委員会が設置されている。また1934年10月には「IAAFとFSFIの関係に従い、女子世界記録の公認申請はJWSFを経由する」決議もなされ、JWSF、JAAF双方がFSFI、IAAFの動きに呼応した。(ただしJWSFは組織の拡大をJAAFの全国組織統一に合わせた形で進めていた。)1935年、JWSFは名称を日本女子体育連盟に変更。1937年1月までにJWSFは女子の代表権をJAAFに委譲した。JWSFは同年実質的に消滅した。

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(2.5.調停とFSFIの消滅)
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(4.参考文献)
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出典:Wikipedia
2019/08/02 22:30
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