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国後島
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3.歴史
3.8.ソ連崩壊後の現状
ソ連崩壊後、実効支配を引き継いだロシア連邦が自国領という立場を継承している。

当島と日本との関係はロシアになってから深まった。ソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領の来日成果を引き継ぐ形で、1992年(平成4年)からは北方四島交流事業(ビザ無し交流)が開始された。ソ連崩壊により労働条件の優遇措置が失われ、経済不振に陥った国後島では1994年(平成6年)に北海道東方沖地震の被害も発生したため、人口は減少傾向にあった。そこで1998年(平成10年)6月に日本の現職閣僚として鈴木宗男が初めて国後島を訪問し、さらに港湾整備、ディーゼル発電所建設、艀の供与、ロシア人避難所としての日本人とロシア人の友好の家(通称:ムネオハウス)の設置など、様々な日本政府の援助は歓迎され、国後島民の日本への感謝の気持ちは強まっていた。だが、この支援を巡り鈴木宗男事件が発覚、上記の支援をしていた鈴木宗男や外務官僚が逮捕、失脚した後は、大規模な経済援助は絶たれた。現在でもビザ無し交流は続いているが、日本政府は、多額の資金を要する新規の社会基盤整備はもちろん、既存の設備の維持管理費用支給もすべて打ち切った。

それと入れ替わるように、ロシア連邦政府が近年のめざましい経済成長に乗ってこの島にも人口増に向けたテコ入れをはじめた。2006年(平成18年)8月に策定された、2015年(平成27年)を目標年次とするロシア連邦政府の「クリル諸島社会経済発展計画」では、立ち遅れている交通インフラ整備や地熱発電所設置、観光開発などに重点的な投資がなされる予定で、古釜布港を改装し、大型船が横付けできる設備へと増強する計画がある。特に4倍に増える地熱発電による電力余力は日本を始め中国、韓国に呼びかけている、投資・開発の圧力になる。

現在の国後島の住民は、ほとんど中心集落の古釜布(ユジノクリリスク)とその周辺に集中して居住しており、それ以外の大半は無人地帯となっている。最北の集落は、近布内(ロシア語地名、オトラダОтрада)であり、留夜別村の区域に、現在住民は誰もいない。島の60%はロシア国立クリリスキー自然保護区に指定されており、民間人の立ち入りが規制されている。このため、原初的自然がよく保全されており、2005年に知床半島世界遺産に登録された際には、国際自然保護連合 (IUCN)から、国後島と知床半島をあわせ、「保全の促進を(日露)両国で同意することが可能であれば、広範な『世界遺産平和公園(World Heritage Peace Park)』として発展させる」という提言が行われた。

2010年(平成22年)11月1日、メドヴェージェフ大統領がソビエト時代を含むロシアの国家元首として初めて訪島した[9]。また、同大統領は2012年7月3日にも訪島している[10]

2011年(平成23年)末、既存の地熱発電所更新事業においてアメリカ系の企業「タイガー・マシナリー社」の傘下企業が建設を受注し、2013年(平成25年)2月時点では既に着工している事が報道された。2015年(平成27年)に稼働し、国後島の電力需要の全量を賄うことができるとされる。[11]

2019年(令和元年)5月11日、北方領土へのビザなし交流訪問団に同行していた当時日本維新の会所属の丸山穂高議員が国後島の宿舎で酒に酔い、元島民の団長に「戦争で北方領土を取り返す」というような趣旨の発言をしていたことが報道され、日ロ関係悪化が懸念されている。[12]

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(3.7.ソ連による占領・実効支配)
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出典:Wikipedia
2020/01/18 04:01
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