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軍部大臣現役武官制
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2.沿革
2.5.消滅とその後
1945年(昭和20年)8月、ポツダム宣言を受諾したことによって日本軍は武装を解除された。同年12月、陸軍省は廃止されて第一復員省へ、海軍省は廃止されて第二復員省へ、それぞれ改組されて軍部大臣は消滅した。

1947年(昭和22年)に施行された日本国憲法には、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」(9条)と定め、さらに「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。」(66条2項)と定めた。これにより、軍隊がないために武官も軍部大臣も存在せず、仮に武官がいたとしても国務大臣には就けないこととなった。しかし、その後の国際情勢の変転に伴い、1950年(昭和25年)には、実質的な新国軍として警察予備隊が創設され、この事務を掌理するため警察予備隊本部が置かれた。この警察予備隊本部の長官は国務大臣ではなく、警察予備隊担当の国務大臣が置かれた。

警察予備隊は、保安隊を経て、1954年(昭和29年)に陸上自衛隊となった。自衛隊の事務は、防衛庁(後に防衛省)が掌理し、防衛庁長官(後に防衛大臣)には国務大臣があてられた。国際的には、事実上、防衛庁長官(防衛大臣)は軍部大臣、自衛隊は軍隊、自衛官は武官と目されるようになった。

しかし、現役の自衛官が防衛大臣を兼ねることはともかく、かつて軍人(将校・士官)であった者や自衛官であった者が、防衛大臣に就任すること自体は憲法違反にあたらないと解されている。例えば、短期現役主計科士官であった中曽根康弘(少佐)、松野頼三(少佐)、山下元利(中尉)ら、戦後の陸上自衛隊出身の中谷元二等陸尉)、航空自衛隊出身の森本敏三等空佐)らが防衛庁長官・防衛大臣に就任している。

しかし、帝国海軍で海軍大将まで上り詰め、現役を退いてから識見を買われて学習院長、外務大臣、駐米大使などを歴任し、戦後に参議院議員を務めた野村吉三郎を1950年代に防衛庁長官に就任させる構想が存在したが、文民統制の観点から断念されたという。

なお、武官にあたる自衛官(いわゆる制服組)のみならず、文民(文官)にあたる内部部局の防衛大臣政策参与、書記官事務官(いわゆる背広組)であっても、防衛大臣その他の国務大臣を兼ねることは禁じられていると解される。なぜなら、防衛事務官は全て自衛隊員であり(自衛隊法2条5項)、政治的行為が制限されているからである(同法61条、同施行令86条)。

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(2.4.復活)
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(3.脚注)
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出典:Wikipedia
2020/02/10 13:30
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