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後期高齢者医療制度
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10.歴史
10.1.成立までの経緯
かつて日本の高齢者医療は、1973年昭和48年)施行の老人福祉法に基づいており、この制度では老人医療費は全額公費負担となり、自己負担はゼロで無料だった[25]。しかし無償化に伴って、病院のサロン化や過剰診療の問題が指摘され[26]、さらに高齢化の進展と医療の高度化により、国民健康保険の財政悪化が問題となった[26]

そのため、1982年(昭和57年)には「老人保健法」が制定された。同法に基づく老人保健制度は市町村の事業とされ、その原資は日本国政府および市町村3割、各保険者からの基金供出金が7割であり[26]、受給者本人にも自己負担(外来で一ヶ月400円、入院で一日300円を上限)が設けられた[26]。ところが高齢者医療費の伸びは収まらず、日本国政府は数年おきに自己負担上限額の引き上げを行ってきた。

しかし、その後も高齢者医療費は伸び続け[27]、1999年(平成11年)には、97%の健康保険組合が参加する『老人保健拠出金不払い運動』に発展した。そのため1999年(平成11年)10月、自由民主党自由党公明党による小渕内閣連立政権発足当時では、政策課題についての協議が行われ、「2005年を目途に、年金・介護・後期高齢者医療を包括した総合的な枠組みを構築する」ことが合意され[1][28]、翌11月から国会で後期高齢者医療についての論議が始まった[28]

検討では、以下の4方式が提案された[29]

独立型」(支持団体:日本医師会健康保険組合連合会[30]経済団体連合会、自民党[31]
リスク構造調整」(支持団体:公明党[31]
一元化」(支持団体:国民健康保険中央会全国市長会全国町村会
突き抜け型」(支持団体:日本労働組合総連合会
議論の結果、独立型(75歳〜)とリスク構造調整(65〜74歳)の組み合わせで合意となる。

これを受け、2006年2月の第3次小泉改造内閣にて「健康保険法等の一部を改正する法律」案が提出された。この中で、財政運営の責任主体を明確化するとともに、高齢者の保険料と支え手である現役世代(0歳から64歳まで)の負担の明確化、公平化を図ることを目的として、75歳以上の中・後期高齢者を対象に独立した「後期高齢者医療制度」を平成20年(2008年)度に[32]創設することが謳われた[33]

法案に対しては、野党与党から反対の声が上がった。 現役世代が費用の多くを負担しているにもかかわらず、マスコミを中心に後期高齢者に冷たい制度だという指摘が起きた。「(現代の)姥捨て山」という 的外れな批判 が与野党から出たが[34]、2006年5月17日、与党(自民党公明党)の賛成多数により成立した[35]

2006年6月21日公布により、法律名を従来の「老人保健法」から「高齢者の医療の確保に関する法律」に変更。その内容を全面改正すると共に、制度名を「老人保健制度」から「後期高齢者医療制度」に改めた[36][37]

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(10.歴史)
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(10.2.制度創設の目的についての政府の説明)
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出典:Wikipedia
2019/07/20 19:01
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