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午後は○○おもいッきりテレビ
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概要
午後は○○おもいッきりテレビ』(ごごはまるまる おもいっきりテレビ)とは、日本テレビ系列で1987年昭和62年)10月5日から2007年平成19年)9月28日まで放送されていたテレビ番組で、通称「おもいッきりテレビ」、「おもいッきり」。生放送ハイビジョン制作地上デジタル放送のみ)。

この番組は放送開始20周年を機に2007年10月1日から『おもいッきりイイ!!テレビ』にリニューアルされた。

概要[編集]

番組初期は、後に迎える黄金期とコンセプトが異なり、ニュースを中心としていた。一部地域を除き正午から15:45まで(JST)放送されたコンプレックスワイド番組で、従来の『お昼のワイドショー』、『2時のワイドショー』(読売テレビ製作)、『酒井広のうわさのスタジオ』を統合する形でスタートした。番組タイトルは、「それまで分断されていた枠を思い切って一つにまとめ、何かあった際も迅速に対応する」という意味で名づけられた。「午後は○○(まるまる)」[1]というサブタイトルもその名残りであり、「何でも丸々詰まっている」という意味が込められていた[2]。この編成はラジオのワイド番組を手本にしたと言われている。初代司会者に山本コウタロー(本名の山本厚太郎名義で)、アシスタント司会者に泰葉を迎えた。12時台は事件・事故・芸能情報が中心であった。

13:55から『2時のワイドショー』(元は独立番組)が大阪の読売テレビから放送された。また、ネット局(クロスネット局やNNS非マストバイ局)の中にはテレビ朝日の正午の番組を遅れ放送するため、この時間以降ネットしなかった局もある一方で、13:20で飛び降りる局(後述)が14時から再び飛び乗る局(福井放送など)も存在していた。また、マストバイ局でも広島テレビが『ほっとひろしま』を放送するため、13:40(その後13時20分に前倒し)で飛び降り、14時から再び飛び乗っていた。このため、13:55からの5分間は日本テレビと読売テレビとのスタジオを繋いでクロストークをする様なスタイルをとっていた。
14:50からは東京に戻り、芸能情報「うわさのうわさ」が放送された。当初は12・13時台に続いて山本がメインだったが、視聴率は伸びず南美希子に司会を変え、山本はオープニングのみの挨拶だけだった。このコーナーは『酒井広のうわさのスタジオ』を引き継いだものである。一部ネット局は『3時のあなた』(フジテレビ)やテレビ朝日の正午の番組を放送するためなどの理由でこの時間は放送していなかった。
番組の最後に「おもいッきりプレゼント」という視聴者プレゼントコーナーがあり、ハガキで応募する様になっていた。このコーナー直後がエンディングで、長大なエンディングロールが流れていた。
また、ゴールデンウィーク7月に行われたプロ野球読売ジャイアンツのデーゲームの主催試合(札幌シリーズ)開催時および年末年始の特別編成時には13:20または13:55までの放送となっていた。ただし、札幌シリーズでのデーゲーム中継は2時間放送になってからも13:20飛び降りで継続されていたが、ナイター設備のある札幌ドーム完成後はナイターに切り替わったのを受けて行われなくなった。最後のデーゲーム中継に伴う短縮は2002年で、この時には札幌ドームになっていたのだが、日韓共催FIFAワールドカップサッカーの関係でデーゲームになっていたためだった。
番組開始から1年後の1988年10月3日から放送時間を12:00 - 13:55の2時間に短縮した。
しかし、視聴率が苦戦し1988年3月で泰葉は降板。同年4月からアシスタント司会には高橋佳代子が起用された。それでも視聴率は低迷状態のままだった。1年後、山本が参院選出馬によりそれまでコーナー進行として出演していたみのもんた1989年4月から2代目司会者に起用されるとともに生活情報番組に切り替わった。番組内で情報やニュースを織り交ぜているが、ビデオリサーチ社ではバラエティ番組での扱いとされている。

次第に視聴率が上昇し、その結果、同年8月には若年層をターゲットにした番組フジテレビ『森田一義アワー 笑っていいとも!』に次いで民放の同時間帯視聴率2位となった。そして1991年4月に平均10%を突破し、曜日によっては『いいとも!』を抜く様にもなり[2]、年間平均視聴率でも視聴率で時間帯1位を取った事もある。

番組末期には、中学生高校生修学旅行その他学習の一環で度々スタジオを見学する事があった。

番組ロゴは開始当初から終了まで変わらなかった。が、OPロゴアニメーションに関しては、番組開始から2004年(定かではない)までは「午後は○○」と出てから「おもいッきり」→「テレビ」と出ていたが2005年頃から番組終了までは時間短縮等により「おもいッきり」が少し先に出てから多少動きがあった後「午後は○○」とでて最後に「テレビ」と出るようになった。

(カラーリング:午後はテレビ 但し、放送上の番組ロゴと番組ムック本のロゴでは多少色の濃淡が違う)

2005年4月以降、みのもんたの健康不安説が一部で囁かれ司会者交代や番組自体の打ち切りが噂されていた。また、MBSたかじんONE MAN』にゲスト出演したデーブ・スペクターが『NEWS ZERO』について語った際、「日本テレビは今ターゲット層を若者向けにしようとしているから『おもいッきり』はお荷物番組になりつつある」と述べた。

2005年10月10日放送分から12時台の構成を若干変え、オープニングに「みのカメラが行く」という中継コーナーを設けた。

スポンサーは「情報特急便」のみローカル(1998年10月から。かつてはネットスポンサーがあり、日本直販の1社のみ〈その後P&Gが加わる〉だった。)で、他は全国共通だった。

2007年1月22日放送分からテロップなどのCGが新しくなり、番組開始から使われていた手書き風書体のテロップを完全に廃止した(但し、みのが出すフリップに書いている言葉などは番組終了まで手書きのものを引き続き使用していた。また番宣ゲストの場合CGが新しくなった後も白字に普通のテロップだった事があった)。と共に冒頭に「○月×日(△曜日)」という日付も表示された。また、ゲストコメンテーター陣も冒頭でみの・高橋と共に立って挨拶・オープニングコーナー・トークを行い、特集に入る前の提供に切り替わってから座るというパターンになっていた。

日テレの2006年秋〜2008年春の番組改革に従い、2007年秋改編、即ち9月28日で後座番組『ザ・ワイド』とともに終了。後継番組として10月1日から『おもいッきりイイ!!テレビ』(8月16日放送にて発表。仮題は「みのもんたの昼も頑張れ!!お祭りワイド」だった。)が放送開始され、ワイドショー番組にリニューアルすると同時に放送時間を5分前拡大(11:55 - )した(2009年3月に終了[3])。総合司会のみのは同番組に続投となったが、アシスタント司会の高橋は降板した。

9月28日の最終回は、12時台に20年間の総決算として、健康をテーマにしたクイズ(おもいッきりテレビ検定)を、13時台に過去の総集編VTRを放送した(視聴率は7.8%)。また番組途中にサプライズとしてみのとも交友がある和田アキ子からの生電話もあった。そして、エンディングではみのが高橋に花束を渡し、高橋が視聴者に感謝の言葉を述べた。最後はみの・高橋ら出演者・スタッフ全員が集まり、手を振って視聴者に別れを告げながら番組は終了した。また、初代司会者の山本や初代アシスタント司会者の泰葉は過去VTRには登場したものの、スタジオゲストやVTRコメントなどの出演はなかった(ちなみに、「情報特急便」の歴代キャスターだった久能靖真山勇一もスタジオゲストやVTRコメントなどの出演は一切なし)。

放送時間の変遷[編集]

生活情報番組としての影響力と批判[編集]

番組のホームドクターは医学博士松原英多

特集で取り上げるテーマは健康や料理に関するものが中心だったが、時々「便利グッズ」や「お金を賢く貯める生活法」といったものも紹介していた。特に健康に関するテーマには、制作スタッフが日本で行われる学会のほとんどに出席し、その資料の中からテーマを選び、学会の了承を得た上で放送するなど慎重を期しているとされていた[4]。番組内で紹介された食品が放送日当日から数日間、スーパーなどで品薄となることもよくあった[5]

とはいえ、その影響力はみのの巧みな話術と出演している医学博士を利用した権威付けによるものが大きく、特集の内容そのものには週刊朝日などから『発掘!あるある大事典』と同様の疑問が投げかけられていた。また、度々食品や食材を紹介し、特定の栄養素を「健康成分」と称してその含有量と効果を謳っていたが、その栄養素は別の食品などで摂取してもよく効率の多寡はあるものの、わざわざ番組で紹介された食材そのものを摂取する必要はないことも多かった。こうした情報を鵜呑みにする現象を「みのもんた症候群」と呼ぶ医療関係者もいる[6]。こうした特定の食材の効果を断言する番組のスタイルは日本やアメリカのテレビ番組に散見される典型的なものであり、「フードファディズム」という言葉でも呼ばれる。

番組テーマ曲[編集]

テーマ曲は宮川泰作曲による番組オリジナル。オープニング・エンディング曲の他にCM前後に入れる短い曲(ジングル、サウンドステッカー、アタックなどと呼ばれる)、提供クレジットのBGMも調を変えるなどテーマ曲のアレンジであり、4時間時代も「2時のワイドショー」部分を除いて全編で流れていた。他に「ちょっと聞いてョ!おもいッきり生電話」「情報特急便」などのコーナーテーマ曲があった。また、2003年からはエンディング曲として『元気イキイキ!おもいッきり』という番組テーマソングも流れていた。

2005年頃にオープニングは従来のものより短縮して流れていた。

なお前番組『お昼のワイドショー』最終回のラストで、山本厚太郎と泰葉が紹介されて入場した時、BGMとして使用された(これが初使用)。

オリジナル音源は長らくCD化されなかったが、番組の終了および宮川の没後である2018年8月29日発売の「宮川泰 テレビテーマ・ワールド」に収録された[7]。同CDに収録されているのは、上述の『お昼のワイドショー』最終回やオープニング前のアバンタイトルで放送開始と同時にみのが挨拶する際、流していたバージョンである。

出演者[編集]

山本が夏休みなどで不在だった頃は大橋巨泉が代理司会を、みのが夏休みで不在の場合は徳光和夫草野仁峰竜太中山秀征羽鳥慎一藤井貴彦など日本テレビの報道・情報番組の司会者が代理司会を、高橋が夏休みで不在の場合は日本テレビの女性アナウンサーがアシスタントの代理をしていた。
1987年10月から1988年9月の間、南美希子がうわさのうわさコーナー司会を担当したことがある。
1990年4月に真山に交代したのは、久能の週末夕方ニュースへの異動に伴う。1992年10月に久能に交代し、真山の『NNNニュースプラス1』への異動に伴い復帰した。

ゲストコメンテーター[編集]

1回の放送につき当初は6名(男女3名ずつ)、後に4名(男女2名ずつ)が出演。以下、順不同。

男性[編集]


女性[編集]


補足[編集]


上記記載のゲストコメンテーターの中には、裏番組の『森田一義アワー 笑っていいとも!』『ライオンのごきげんよう』(共にフジテレビ系)や『徹子の部屋』(テレビ朝日系)にゲストとして出演する者も居た他、末期の金曜13時台のコーナー「出会いふれあい 路線バスの旅」にリポーターとして登場する場合もあった。また、上記以外に番組宣伝を兼ねて出演するゲストも居た(かつては火曜日夜の『火曜サスペンス劇場』→『ドラマ・コンプレックス』→『火曜ドラマゴールド』に出演する俳優〈船越英一郎賀来千香子など〉が登場していたが、2007年4月から木曜日夜の『モクスペ』に出演するゲストが登場していた)。
主婦や中高年女性を主な視聴者層と想定していた関係から、これまで年齢が30歳代後半以上のタレントが多く出演していたが、末期には年代が若い女性の観客も多くなって来たため、2007年4月の番組リニューアルから女性を中心として20歳代のタレントが出演する機会が多くなった(不定期出演では熊田曜子、番宣を兼ねての出演では大沢あかね綾瀬はるかなど。これまで年代の若いタレントはエンディングの番組宣伝ぐらいにしか登場しなかった)。

リポーター[編集]

バンザイ!日本の大家族 - やまもとまさみいとうあさこ[9]
ふるさと味自慢 こだわりの逸品 - 原田輝子、峰剛一
ドキドキ 今ドキッ新婚さん - 松崎しげる原口あきまさ
出会いふれあい 路線バスの旅 - ゲストコメンテーターの中から一人

主なコーナー[編集]

シノハラ教授 お昼の脳トレ[編集]

2007年4月2日から始まった番組のオープニングコーナーだった。

諏訪東京理科大学教授の篠原菊紀が監修し、健康インストラクターの松田明典又は太田翔を迎えて放送した(1か月毎に交代)。毎日レベルアップしている事が特徴だった。1週経つと脳トレ内容が変わり、またそれが毎日レベルアップしていく。と、これを毎週繰り返した。最終回には松田・太田が共に2人で出演した。

みのカメラが行く[編集]

2005年10月10日から始まった番組の冒頭コーナー。主に首都圏エリアのとある場所(主に商店街や町工場、職人、イベント会場など)からのカメラ中継で、リポーターはおらず、スタジオの声は中継先に届いているので取材先の人との絡みも可能だった。たまに首都圏以外の地域にも中継したが、こちらは系列局の技術協力があった。スタジオモニターの関係から、ハイビジョンではなく頭角4:3にアップコンバートした映像で放送された。

2006年9月15日から2007年3月30日の間は、金曜日のみ13時台の「きょうは何の日」の後にもパート2という事で流れていた(3月30日は下記の事情によりなし)。

きょうは何の日[編集]

番組開始当初からはじまった。主に19世紀末〜20世紀(番組末期は21世紀2000年代〉も)の今日(つまり放送日)起こった事件・事故・話題・訃報を再現映像を交えて振り返っていき、後日談を含めて紹介していた。主に戦後を扱った場合、当日の読売新聞(朝刊・夕刊)の1面を紹介してからVTRに入る事が多かった。かつては「ごちそうさま」の前後に放送されていたが、放送終了後は現在の12:53頃(2007年4月以降は12:58頃)に始まっていた。当初はスタジオでその日の起こった出来事を再現するという形式だった。

かつてはCMを挟んだ2部構成だったが、下記コーナーの開始に合わせてCM抜きで一気にVTRを流す方法に変わった。また、2000年代後半では開始前のアイキャッチ時に当時の流行曲を流す事があった。

ナレーション(松井良他)は基本的に「です・ます」調であるが、窪田等などが稀に事件・訃報などを扱う場合は「だ・である」調になる事があった。

このコーナーは後番組のおもいッきりイイ!!テレビでも継続放送され、おもいッきりDON!では同様の構成で「きょうはDONな日!?」として放送されていたが、半年後の2009年10月5日放送分より元の『きょうは何の日』に戻し、『DON!』終了まで継続した。

ちょっと聞いてョ!おもいッきり生電話[編集]

1989年7月3日から開始された13時台の核ともいえるコーナーだった。当初のスタートBGMは『それいけ!アンパンマン』の「勇気りんりん」の出だしの部分が使われていたが、1991年頃に宮川泰作曲のテーマ曲に変わった。13時20分丁度から概ね15分前後の時間に充てられた(この為、一部ネット局では放送されなかった)。事前に電話やFAXで募集されて選ばれた人(コーナー内で募集テロップを表示)が電話でみのやゲストに相談する。高橋は書記を担当し、相談者の年齢や家族構成、相談の内容などをホワイトボードに書き込む役割を担う。

相談者は主婦が多く、男性相談者が登場する事は稀である。一番多い相談は嫁姑問題、続いてそれ以外の家族問題や浮気などの夫婦間問題、ご近所同士の揉め事といった事が続いていた。原則として相談者の名前は仮名でも付けておらず(これは最初の相談者が「匿名で」と発言した事からである)そのため番組では相談者の事を「奥さん」、「お嬢さん」、「あなた」と呼んでいた。相談者の住所も大まかな地域(関東・関西・東日本・西日本)ですら出さない(せいぜい「車で30分」といった抽象的なもの)。みのは余程特別な事情がない限り相談者に同情する事は少なく、余程大きな落ち度のある相談者に対しては本気で激怒するあるいは怒鳴ったり、これはみの自身も出演していたフジテレビ愛する二人別れる二人』(後にやらせ問題が発覚したため打ち切り)、テレビ東京愛の貧乏脱出大作戦』でもこのパターンが見られた。

ゲストコメンテーターの中でも特に内海好江崔洋一は相談者に厳しいコメントをする事が多かった。これには新聞の投書欄などで「厳しすぎる」「言いすぎだ」などの批判もあり、賛否両論になることすらあった。この時に芳村真理アグネス・チャンなどが出演する際は、みのの厳しいコメント及びみのが本気で激怒する場面を、内海や崔と共演した際には2人の厳しいコメントを何とか中和させる事も多かった。但し、みの不在時の代理司会者はみのに比べてさほど本気で激怒あるいは厳しいコメントなどをすることはほとんど無かった。

また、相談者が放送禁止用語[10]を発言したこともあり、その時はコーナー終了後に高橋がお詫び・謝罪を行ったことがあった。

但し、上記のように殆どが悩みの相談ではあるが、コーナーの方針自体は悩み相談に特化しているという訳ではない。コーナーの最後の募集要項にもある通り「話したくてウズウズしている事を電話する」のが趣旨である。その為、稀にではあるが「みのさんに今の自分がいかに幸せであるかを聞いてほしい」「みのさんとテレビで世間話をしたいからかけた」「優しい夫に恵まれている事への感謝」等の悩み相談とは全く無縁の話題も存在した。

2007年4月2日以降は多少タイムテーブルが変わったため、13時24分頃から10分前後の時間に短縮され、金曜日の放送が廃止となり、代替コーナーとして「どう思います?お嬢さん」を放送していた。但し、地方での公開放送の時は原則として放送されなかった。番組末期の相談の締めは「人生は60歳から」(相談者が60歳の場合)や「お化粧して旦那を驚かしちゃいな」など、みのの言葉は半ばマンネリ化していた。

当番組終了前日の2007年9月27日に終了し、翌28日の最終回で総集編が組まれた。リニューアル後の『おもいッきりイイ!!テレビ』では、火曜日に続編企画として、女性視聴者から寄せられたトラブルを元に構成したドラマが流され、その後みのらに相談するコーナー「火曜おんなの劇場 幸せになりたい」が放送されていた。2009年3月27日の『おもいッきりイイ!!テレビ』最終回でも、総集編が一部組まれていた。

本番組を代表するコーナーとして知名度は高く、開始当初は『とんねるずのみなさんのおかげです』(フジテレビ系)で、木梨憲武ものまねで扮するみのりもんたの司会で「ちょっと聞いてョ!おもいッきりノリ電話」というタイトルのパロディコントが制作された事もある。このコントにはみの本人及びおもいッきりゲストが出演した事があった(但しゲストは4人ではなく3人)。また、栗田貫一もものまねを披露したことがある。

番組終了後、高橋がアデランスの女性用ウィッグのCMキャラクターに起用され、CMの中には高橋がホワイトボードに髪に悩む女性の相談内容を書き込むという場面が登場しており、このコーナーを思わせる演出がなされている。

情報特急便[編集]

番組初回から放送されたニュースコーナー。一時期は終了後に13:55から5分間放送されていた『NNNニューススポット』(1987年10月 - 1993年4月2日、開始当初は13:50からに移動されていた。)と並行して放送し、廃枠後は同番組の流れを汲む形をとっていた。最新情報がない限りは11:30の『NNNニュースD』(←『NNN昼のニュース』)の内容と映像がそのまま流用された。ただ、番組が録画放送もしくは地方からの公開生放送だったり、重大事件などの場合は報道フロアから放送された。詳しくは備考参照。

コーナー開始から2006年夏まではみのは一旦休憩のためスタジオを離れてCM明けの後半から登場していたが、同年7月頃からコーナーを通して登場し、気になったニュースについてはコメントをする様になった(これも現在のヒルナンデスでも行っているが、現在は最後の話題的な項目にコメントを行うスタイルをとっている)。

リニューアル後の『おもいッきりイイ!!テレビ』では「NEWSエスプレッソ」として受け継がれた。キャスターに関しては「情報特急便」の晩年期を担当していた金子茂10月より首相官邸担当記者に異動となったため[11]、『NNNニュースD』の後番組『NNNストレイトニュース』の平日メインキャスターである丸岡いずみが担当した。『おもいッきりDON!』では「丸岡いずみのDONDON取材中」→「丸岡キャスターのNEWSエクスプレス」として丸岡が引き続き担当。『DON!』では「NEWSエクスプレス」として岸田雪子に受け継がれ(丸岡は夕方のニュース番組開始に伴う異動)放送。現在の『ヒルナンデス!』では当番組〜DON!を含む45年間続いたこの時間帯における情報・報道路線から完全バラエティ路線へと方向転換した事によりニュースコーナー自体設けられていなかったが、2012年1月より定時ニュースコーナーが復活した。ただし、進行方式としては『DON!』までのような同じスタジオでは行わず、『情報ライブ ミヤネ屋』同様、スタジオとは別の報道フロアからニュースを伝え、ニュース終了後にスタジオ出演者とのクロストークを行う形を採っている。

13時台の日替わりコーナー[編集]

月曜日はスタジオからの生放送、火曜日以降はVTRでの放送だった。

爆笑!S-3ライブ 笑いは健康の源(月曜日)[編集]


漫才コーナー。毎週1組のお笑い芸人を呼んで漫才を行った。視聴者の年齢層に受け入れられ易い芸人が出演していた。後に若者に受け入れられ易い芸人も出演するようになった。番組収録のスタジオが「S-3スタジオ」である事がコーナー名の由来だった。紹介VTRのナレーターは佐藤賢治

バンザイ!日本の大家族(火曜日)[編集]


多数の家族を抱え、人情に密着するコーナー。ナレーターは屋良有作。2007年3月までは月曜日に放送されていた。

ふるさと味自慢 こだわりの逸品(水曜日)[編集]


全国各地の特産物を紹介するコーナー。ナレーターは大山尚雄、真地勇志他。

ドキドキ 今ドキッ新婚さん(木曜日)[編集]


新婚の夫婦に密着するコーナー。このコーナーのみ当初はVTRを一気に流す方法だったが、後にCMを挟んだ2部構成となった。ナレーターは林田尚親。

出会いふれあい 路線バスの旅(金曜日)[編集]


路線バスに乗りながら人情探しをするコーナー。ナレーターは永井一郎

どう思います?お嬢さん[編集]

金曜日に放送されていたコーナーで、2007年3月まで前コーナーは『ちょっと聞いてョ!おもいッきり生電話』だった。同月最終週までは木曜日に放送された。

過去に放送されたコーナー[編集]

「ごちそうさま」はほぼ全国完全ネットだったが、「昼下がりのカルチャー」は13時台後半の放送であったため、放送していない地域もあった。ただし系列外で「ごちそうさま」をネットしていた一部の局は「おしゃれ」時代と同様、「昼下がりのカルチャー」とセットでネットした。[12]

ごちそうさま(味の素一社提供)
今日のおもいッきり赤ちゃん
昼下がりのカルチャー
なるほどなっとく!→知れば知るほどそれよさそう!
日本全国 噂のあの人!この技!!

過去に放送された特別企画[編集]

怪奇特集・あなたの知らない世界[編集]

詳しくは「あなたの知らない世界」を参照。

年忘れ健康クイズスペシャル[編集]

1995年は生放送、1996年は録画(情報特急便のみ生放送)で放送された。
2006年12月28日に10年ぶりに復活したが、この時は生放送だった。

生中継[編集]

番組と連動してCM前後(アイキャッチ)に各地のお天気カメラからの生中継も行った。通常は日本テレビが設置している麹町→汐留本社、江の島築地などから行っていた。以前は関東地方の行楽地(としまえんマザー牧場など)にスタッフを派遣しての中継や全国のNNN系列局からの天カメ中継も行っていた(週1日ずつ実施。特に系列新局の開局日にはその局のカメラを使用)。2005年10月からは提供クレジット表示時に「みのカメラが行く」での中継先が時々映る様になった(2006年第1回目の放送では同コーナーにみの自ら出演した〈正月に手術したため入院した病院からの出演〉。また、地上デジタル放送では以前まで汐留・渋谷羽田空港などに設置してあるハイビジョンのお天気カメラ映像がこの番組では副調整室の都合により4:3の標準画質にダウンコンバート(映像の両端をカット)されていたが、同年11月頃からは16:9のハイビジョン画質になっていた(「みのカメ」の中継は標準画質で実施)。

地方での公開放送[編集]

出演者が地方に出向いて公開生放送を行う事もあった。特集ではご当地名物の食材から分かる健康効果などを紹介していた。これまでに以下の場所で行われた。ただし「情報特急便」のコーナーは日本テレビの報道フロアからの放送だった。みのは2005年3月以降朝の情報番組「みのもんたの朝ズバッ!」(TBS系)を担当する様になったため、同番組が海外ゴルフ中継やテニス中継で休止となる日を狙って実施されていた。

6月7日…鹿児島県鹿児島市鹿児島市民文化ホール鹿児島讀賣テレビ開局10周年記念)
11月29日…富山県新湊市(現・射水市)・新湊中央文化会館(北日本放送地上デジタル放送開局記念)
4月11日…愛媛県松前町(まさきちょう)・松前総合文化センター(南海放送開局50周年/松前町町制50周年記念)
4月10日…岩手県遠野市・遠野市民センター
4月6日…長野県長野市・長野県県民文化会館

ネット局[編集]

本編をネットした局のみ明記、系列はネット終了時のもの。一時期内包されていた『ごちそうさま』と『2時のワイドショー』については、ごちそうさま (テレビ番組)#ネット局2時のワイドショー#放送ネット局をそれぞれ参照。

 

ネット局に関する備考[編集]

かつては青森放送、秋田放送、山形放送、山梨放送、北日本放送、福井放送、山口放送、四国放送、南海放送、高知放送の10局が13:20で番組を終了していた。
青森放送、山梨放送、山口放送、四国放送、高知放送の5局は13:30 - 14:00または13:25 - 13:55(時期や局により変動あり)に『ライオンのいただきます』→『ライオンのごきげんよう』(フジテレビ)をネットしていた。
青森放送と山口放送の2局はテレビ朝日系新局(青森朝日放送山口朝日放送)開局に伴うANN脱退・NNSマストバイ局化に伴う『ごきげんよう』打ち切りでフルネットになった他、高知放送は14:00から放送していたテレビ朝日正午枠の時差ネット廃止並びに、それに伴う『ごきげんよう』の14:00 - 14:30への時間変更に伴い、1993年4月5日からフルネットになった。
秋田放送、山形放送、北日本放送、福井放送、南海放送の5局は13:30 - 14:00または13:25 - 13:55(時期や局により変動あり)に『愛の劇場』(TBS)をネットしていた。
山形放送では4時間時代、『ごちそうさま』で一旦ネットを飛び降り、『通販番組』・『天気予報』・『愛の劇場』・テレビ朝日正午枠(14:00からの時差放送)の後、キー局と10分遅れの15:00から『うわさのうわさ』を放送していた。その後、4時間編成終了直後の1989年10月よりTBS系列のテレビユー山形が開局して『愛の劇場』の放映権が移行したため、フルネットでの放送となった。
南海放送はあいテレビ(TBS系列)に「愛の劇場」の放送権が移行した上でフルネットになり、北日本放送は『愛の劇場』がチューリップテレビ(TBS系列)に放映権移行後の1990年10月から1993年12月まではよみうりテレビ制作の『朝の連続ドラマ』を遅れネットし、『朝の連続ドラマ』終了後の1994年1月4日からフルネットとなった。
飛び降りポイントがあった当時はかつては正味13:19で1部が終了していたが、その後1部の終了時刻は正味13:20に変更された。2007年3月30日を最後に飛び降りポイントは廃止となり、最後まで飛び降りを行っていた秋田放送・山梨放送・福井放送・四国放送の4局も翌4月2日からフルネットとなった(これらの局で差し替えをしていた番組は同月以降も打ち切ることはなく、それぞれの番組・枠の終了までネットを続けた)。ただ、番組は2007年9月28日で終了となったため、「ネットしていた局全てがフルネット」だった状況は、最終回までのわずか半年にとどまった。
青森放送では1993年から数年間毎年9月15日に『青森県民駅伝競走大会』の実況中継を行うため、開催が月 - 金曜日に当たる場合は『ザ・ワイド』と共に番組を休止していた(但し、『ごちそうさま』のみを15時台に時差ネット)。現在は毎年9月第1日曜日の開催になっているため、この問題は解消されている。また、クロスネット時代の1990年2月19日には衆議院選挙[19]があり、その開票状況を番組内でも放送した関係で、通常13:20で飛び降りする所を13:55までのフルバージョン放送となった。
日本海テレビでは、4時間枠時は13:55で一旦飛び降り。テレビ朝日正午枠(同局では14:00からの放送)[20]をネットした後、14:55から無理矢理『うわさのうわさ』に飛び乗っていた。
広島テレビでは、4時間時代『情報特急便』の時間帯を差し替える形で、また時間短縮後しばらく経過してからは13:20で飛び降り、ローカル情報番組『ほっとひろしま』を放送していたが、『柏村武昭のテレビ宣言』開始後は、ローカル番組の整理によりフルネットとなった。長時間時代のSTVの14時台以外でのマストバイ局で、差し替えと飛び降りをしていた局は珍しい。
テレビ長崎も、1990年9月NNN離脱(NNSは非加盟)まで同時ネットしていたが、13:00で飛び降り(13時台はフジテレビ系番組同時ネット『ライオンのいただきます』→『東海テレビ制作昼の帯ドラマ』のため)。[21]
1996年10月から2000年9月までは『スカイパーフェクTV!』の『CS★日テレ』でも放送されていた。

備考[編集]

情報特急便[編集]

かつて13:55に存在した「NNNニューススポット」の流れを汲むニュースコーナー。
通常はスタジオで伝えられているが、よほどの緊急ニュースや地方からの公開放送の場合に報道フロアからの放送になる(番組自体が収録放送の場合も同様)。緊急ニュースの場合で12時台でも登場する事があった。
みのが司会になってから2006年7月頃までニュースコーナー「情報特急便」になると一旦退出して休憩をとり、CM明けの後半から登場していた。たまにエンディングにも現れない場合があったりした。しかし、同月辺りからみのもコーナーを通して出演し、各ニュースについてコメントをする様になった。コメントが長くなる場合が多くなったので、コーナー開始時間が2 - 3分程早まったり、CMを挟んだ後半部分が極端に少なくなっていた(場合によっては伝えるニュースをカットする事もあった)。
みのがこのコーナーにきちんと出演する様になったのは、自身が同じく司会を務める『みのもんたの朝ズバッ!』で「事件に対してみのが怒る」スタイルが定着したため、本番組でも取り入れたのではないかと思われる。
ただ、事件や裁判絡みのコメントでは怒りのあまり加害者などの問題主体を激しく批判・攻撃(ともすれば罵倒に近い)するため、キャスターが慌ててフォローする場面も多々あった。内容によってはその場のゲストや客も同調する事もあったが、ほとんどは閉口してしまう事が多かった。視聴者も同じく同調する事もあったが、ほとんどは『朝ズバッ!』同様、やりすぎと見ており、みの自身や本番組の評判を下げている感が否めなかった。そういった批判があったからか、番組末期はコメントも少なかった(日によっては終始黙り込む事もあり)。ただ、みのが興味・関心のあるニュース(少年犯罪・政治問題など)はコメントを行い、そうでないニュースは黙り込んでいるという見方もある。
その『朝ズバッ!』を担当してから2006年6月までの1年ちょっとの間、コーナーで立ったまま居眠りしていた事も週刊誌などで取り上げられ、みの本人も認めている。
久能時代は、重大ニュースがあった日を除き最後のニュース(大体明るい話題が主)は関連したダジャレを言ってスタジオ中を和ませてから締めていた。
また、取材映像はスタジオのモニターに配慮してか、ハイビジョンでも16:9から4:3にカットされサイドパネルを付けて放送された。ただし、画質はハイビジョンの高精細のままだった。しかし、2007年2月26日放送分より16:9のモニターに変更されたためハイビジョン映像になった。同年9月現在も16:9のハイビジョン映像となっているが、スタジオのモニターは再びこのコーナーのみ4:3標準画質モニターとなっていた。また4:3映像でも2月26日以前の様なサイドパネルは付けなくなった(正規のNNNニュース形式に変更していた)が、番組終了までサイドパネルに灰色の帯と「おもいッきりテレビ」の番組ロゴが付いていた。最終回のみ、ハイビジョン型のモニターとなっていた。
ほとんどは『NNN昼のニュース』→『NNN News D』の映像をそのまま流用し、特に大半の記者報告VTRはニュースDでの生中継を録画したものだった。またBS日テレ日テレNEWS24のパートで流れていたニュースも流用していた(ytvのローカルニュースも使われている)。
番組末期直前になり、金曜日に週末〜来週の週間天気を伝える様になった。
新番組・特番シーズンになると、2分程コーナーを切り上げて番組宣伝に充てられていた。
ニュースの項目は他のニュース番組と同様、画面下に表示されているが、当コーナーは一切表示されず(報道フロアーからの放送の時は表示)、マルチ画面の表示でそれを代替していた。
後番組『おもいッきりイイ!!テレビ』では情報特急便の代替としてNewsエスプレッソというニュースコーナーを放送していた。

その他[編集]

当初から一般観客入れ番組で、放送開始前の午前11時頃には当時の麹町NTV本社隣にある大野屋酒店からお茶が30缶がスタジオに配達され、観客に振舞われた。
番組に関係した出演者などが亡くなった場合には、「みのカメラが行く」が休止・短縮となる場合があった。ほとんどの亡くなった出演者は「情報特急便」の冒頭で伝えられていた。
末期には学習の一環で見学に来た学生などに対し、みのが「何でここを選んだの?[22]」と見学の理由を尋ね、「日本テレビの番組が好きだからです」「みのさんに会いたかったから」などと、みの曰く“良い事”を言われると、みのから学生全員およびその引率者に図書カードを渡すのがお約束の光景となっていた[23]
1999年頃まで12時台の提供クレジット出しは日本テレビ以外の系列局はネットスポンサーにも関わらず自局出しだった(『お昼のワイドショー』から継続)。また、後のクレジットではテーマ曲(スローバージョン)も系列局によっては日本テレビからの音声を遮断して流していた(オープニングとは異なり、テーマ曲に併せて日テレからの提供読みが入ってしまうための措置。この方針に対して読売テレビでは同じテーマ曲とタイトルコールを提供読みと共に自社で送出していた。また、秋田放送広島テレビは前のクレジットは自局での提供読みだったのに対し、後のクレジットは日本テレビの提供読みをそのまま流していたが、テロップは自局出しだった。)。1997年4月からは日本テレビでの提供表示システムが変更(2004年2月28日の汐留現社屋移転・送出マスター切り替え前日まで使用されていた)されたことに伴い、テーマ曲は全国で日本テレビ送出のものになった。
2002年10月1日にはこの番組を題材にした『みのもんたの人生相談デカ〜おもいッきりTV殺人事件〜』が火曜サスペンス劇場で放送され、みのと高橋が主演した。
2006年3月21日(火曜日・春分の日)はワールド・ベースボール・クラシックの決勝戦を放送したため、番組は休止された。年末年始以外での番組休止は唯一この事例のみだった。また、この日は番組テーマ曲の作曲者・宮川泰が亡くなった日でもあった。
2006年12月4日 - 15日は、FIFAクラブワールドカップの番宣を兼ねた特設コーナーを放送した。コーナー名は付いていないが、4日 - 7日は世界の健康食品とサッカーに関してという事で各代表の地域を1日1回紹介していた。担当は陣内貴美子。月曜と金曜はスタジオから生で伝えていたが、火曜 - 木曜はスポーツバーを兼ねた特設スタジオから放送されていた。ちなみに、特設スタジオに呼び掛けたりしているが、実は録画放送となっている。11日 - 15日は大会ハイライトをスタジオから放送している。
その時間帯は大会の冠スポンサーTOYOTA丸八真綿(6日)、JT(4日)、ニッスイ(5日)、アートネイチャー(6日)、アース製薬(7日)、TEIJIN?コニカミノルタ(12日)がネットスポンサーに就いていた。エンディングでネットスポンサーの提供クレジットが流れるのは久しぶりになる。
通常、新年最初の放送は高校サッカー準々決勝の翌日からだったが、2007年は1月4日からの放送だった(例年放送されていた『ザ・ワイド』の新春拡大スペシャルがなかったため)。ただし、この日は録画放送だった(なお「情報特急便」のみ生放送で、報道フロアから金子が1人で伝えた)。翌5日は高校サッカー中継で休止になり、8日が同年最初の生放送となった。なお、4・5日は『朝ズバッ!』も休止となっており、みのは正月休暇取得中であったとみられる(高橋も同様)。
2007年1月16日に放送された火曜ドラマゴールド現代に甦った闇の死置人 あなたの怨み晴らします』では、22時13分頃や49分頃などに番組内の"情報特急便"部分の"パロディ"が放送された(BGMや出演者および番組タイトルなどは全く“本家”と同じものだった)。
2007年3月30日は「みのカメ第2部」の中継回線が不調だったため中止し、その替わりとして当日に発売されたみのもんたの新著「義理と人情 僕はなぜ働くのか」(幻冬舎新書)の中身について本人が紹介する時間に充てた。また、同日の「情報特急便」で「プロ野球セ・リーグ開幕」のニュースの際に横浜スタジアムからの中継に『朝ズバッ!』でみのと共演およびスポーツコーナー担当でTBSアナウンサーの高畑百合子が当時日本テレビアナウンサーの古閑陽子とともに登場し、本番組と『朝ズバッ!』の最初で最後のミニコラボレーションが実現した(この日みのは同球場の「横浜-巨人」開幕戦の始球式で高畑と共に司会を務める事になっていた)。

こぼれ話[編集]

日本文化センターマルトモ(末期には降板)は『お昼のワイドショー』時代からのスポンサーである。日本文化センターではかつて13時台でもスポンサーに入っていた事があったり、末期までは一部地域で本番組のローカルスポット枠でも同社のCMが流れている事があった(青森放送では「おもいッきりDON!」でも流れていた)。
1991年、みのと高橋が不倫交際をしていると話題となった[2]

スタッフ[編集]

総監督:齋藤太朗、渥美光三
総合演出:木島隆史、千野克彦、小澤龍太郎 
監修:羽柴秀彦
構成:川島常念、水谷和彦、今村良樹、小菅俊夫、藤原琢也
ナレーター:真地勇志佐藤賢治(S-3ライブ)、屋良有作(日本の大家族)、鈴木博紀(こだわりの逸品)、林田尚親(今ドキッ新婚さん)、永井一郎(路線バスの旅)他
音楽:宮川泰
スタイリスト:御法川靖子(みのもんた)、いろべゆき(高橋佳代子)
技術協力:コスモ・スペース
美術協力:日テレアート
衣装協力:Supermoda
制作協力:AX-ON(旧:日本テレビエンタープライズ
プロデューサー:冨尾捷二、中俣達、黛敏夫、井上之彦、神山喜久子、柏井伸二、三沢紳一、長沢郁朗、児島三郎、村越龍、甘利孝、石橋久子、大島典子、川添武明、服部彰、渡辺満子、八木元、田中淳一、久保田誠、横田崇
チーフプロデューサー:白石重昭、加藤光夫、上島基幸、吉岡正敏増田一穂、大澤雅彦、石澤顕、高橋正弘、岡田泰三
製作著作:日本テレビ

脚注[編集]

関連項目[編集]

生活情報番組
おもいッきりイイ!!テレビ(後番組)
日テレ系春まつり - 2007年3月21日実施のイベント
日テレ系秋まつり - 2006年10月9日・2007年10月8日実施のイベント
おもいッきりDON!
DON!

外部リンク[編集]

午後は○○おもいッきりテレビ
出典:Wikipedia
2020/02/22 07:00
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