古田武彦
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1.人物
1.4.「寛政原本」発見とその後
2007年(平成19年)、古田は『東日流外三郡誌』の「寛政原本」を発見したと主張し、翌年にはその写真版を出版した[12]。この書籍には、笠谷和比古(国際日本文化研究センター研究部教授)による鑑定文が収録されている[13][14][15]。公表された文書については、かつて和田喜八郎が公表していた写本に過ぎず、突然、「寛政原本」と断定されたことになる。また和田喜八郎の筆跡と一致しているとする主張がある[16][17][18][19]。「寛政原本」を発見したという発表が、学会やマスコミで取り上げられることはなかった。

2009年(平成21年)、国記天皇記からの引用を和田家文書の中から発見したと主張した。それと同時に『なかった』を休刊する[20]

2010年(平成22年)から、『「邪馬台国」はなかった』『失われた九州王朝』『盗まれた神話』[21]以下、古代史関係の著作をミネルヴァ書房より「古田武彦・古代史コレクション」として復刊。また、2011年(平成23年)9月10日にミネルヴァ日本評伝選として『俾弥呼(ひみか) 鬼道に事え、見る有る者少なし』を発刊した。

2015年(平成27年)10月14日、京都市西京区の病院で死去[1]

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(1.3.『東日流外三郡誌』研究の開始とその影響)
[6]次ページ
(2.1.仮説)
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出典:Wikipedia
2019/10/12 18:00
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