吉展ちゃん誘拐殺人事件
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3.捜査
捜査は長引き、犯人を逮捕するまで2年の歳月を要した。捜査が長引いた理由には次のようなものがある。

人質は事件発生後すぐに殺害されていたが、警察はそれを知らなかった。
警察は人質が殺害されることを恐れ、報道各社と報道協定を結んだ。
当時はまだ営利目的の誘拐が少なく、警察に誘拐事件を解決するためのノウハウがなかった。
身代金の紙幣のナンバーを控えなかった。
犯人からの電話について逆探知ができなかった[1]
当初、脅迫電話の声の主を「40歳から55歳くらい」と推定して公開し、犯人像を誤って誘導することになった。
結局は、マスコミを通じて情報提供を依頼する。事件発生から2年が経過した1965年3月11日、警察は捜査本部を解散し、「FBI方式」と呼ばれる専従者を充てる方式に切り替えた。

有力な手がかりとされた脅迫電話の録音テープについて、当初警察庁科学警察研究所の技官鈴木隆雄に録音の声紋鑑定依頼をしたが、当時は技術が確立されていなかった[2]言語学者の金田一春彦は犯人の声が公開された後、「青」や「三番目」という言葉のアクセント鼻濁音の使用等から「奥羽南部」(宮城県福島県山形県)または茨城県栃木県出身ではないかという推論を新聞に発表している[3]。最終的には東北大学文学部講師を務めていた言語学者の鬼春人が、1963年10月21日に「犯人は郡山市以南の南東北・北関東出身である」という説を新聞に発表し、出身地の絞り込みにつながることとなった[4][5]

その後、警視庁が東京外国語大学の秋山和儀に依頼した鑑定では脅迫電話の声を従来の推測とは異なる「30歳前後」と推定、声紋分析で「犯人からの電話の声が時計修理工の小原保(事件当時30歳)とよく似ている」と指摘した[6]。事件発生直後の1963年5月に、文化放送の記者伊藤登が行き付けの喫茶店で「声によく似た人を知っている」という話を聞き付けたことがきっかけで、よく顔を出すという飲み屋に張り込んで小原に録音を伴ったインタビューをおこない、さらにその後、店にいる小原を呼び出して電話をした際の会話も録音し、それらの音声が残されていた[7][8][9]。秋山の指摘は後者の音声を脅迫電話と比較鑑定した結果であった[6]

これに加え、刑事の地道な捜査により小原のアリバイに不明確な点があることを理由に小原を参考人として事情聴取が行われる。

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(2.事件の経緯)
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(4.事件解決)
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出典:Wikipedia
2019/08/23 18:31
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