空手道
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2.名称の変遷
2.1.手、唐手、空手
空手は、もともと明治初頭の頃の沖縄では(て、琉球方言でティー)もしくは唐手(とうで、琉球方言でトゥーディー、トーディー)と呼ばれていた(花城長茂説)[5]摩文仁賢和によれば、「手」とは主に琉球固有の拳法を指し、唐手とは中国から伝来した拳法を指していたという[6]。しかし、1901年(明治34年)に空手が沖縄県で学校の体育科に採用された頃から、唐手表記のまま、読み方が「トゥーディー」から「からて」へ改められ、意味も「手」も含めた琉球拳法一般を指すようになった。それゆえ、唐手(トゥーディー)と唐手(からて)は、言葉の意味する範囲が違うことに注意する必要がある。

「空手」の表記がいつから始まったかについては諸説がある。18世紀に編纂された正史『球陽』に、京阿波根実基が「空手」の使い手であったことが記されているが、この「空手」が今日の空手の直接の源流武術であったのかは、史料が乏しいため判然としない。船越義珍によれば、もともと「沖縄には『から手』という呼び方があったことは事実である」とされ、しかしそれが「唐手」なのか「空手」なのかは不明であるという[7]。つまり、琉球王国時代から空手という表記が存在した可能性は考えられるが、これを史料から追跡するのは困難である。

今日知られている廃藩置県以降での空手表記の初出は、1905年(明治38年)に花城長茂が空手空拳の意味で使い始めたものである。次に大正年間の船越義珍の著作[8]本部朝基の著作[9]に断片的に「空手」の文字が使用されている。そして、1929年(昭和4年)に慶應義塾大学唐手研究会(師範・船越義珍)が般若心経の概念を参考にしてこれを用い、その後この表記が東京を中心に広まった。

1936年(昭和11年)10月25日、那覇で「空手大家の座談会」(琉球新報主催)が開かれ、この時、唐手を空手に改めることが決まった。1960年代までは唐手表記も珍しくなかったが、現在では空手の表記が一般化し定着している。また、1970年代からは、主にフルコンタクト空手の流派において、カラテやKARATEと表記されることも多い。

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出典:Wikipedia
2019/06/30 20:30
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