金田正一
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4.トレーニング法・コンディショニング理論
4.2.トレーニング
「下半身で野球をやっている人はピンチを招いても力まない。下半身の弱い人はピンチになるとだめになる」とコメントしているように、下半身強化を重視し、選手時代はまずランニングを最重要課題としていた[68][69]。その金田の強靭な下半身は、自身の少年時代、第二次世界大戦の終戦後に名古屋に転居した後、食料や物資を買い出しに小牧春日井までリヤカーを曳いて出掛け、家まで往復する日々の中で培われたものでもある[70]

その金田のトレーニングメニューは極めてハードなもので、オールスターゲームの時に、練習の虫と言われていた阪神の村山実が金田のトレーニングに付き合おうとしたが、そのあまりにもハードな内容に音を上げたという逸話がある。ロッテ監督時代もランニング重視のメニューを選手に課しており、金田の練習と言えば「走れ走れ」と言うイメージが定着している[71]

当時のロッテ投手陣のリーダーであった八木沢が、あまりのハードさにランニングの中止を申し入れると「そう言いにくるのは真剣に走った証拠だ」と褒めちぎったという。ロッテ監督時代の教え子である村田によると「実績のあるピッチャーは投球練習をしなくてもいいから、とにかく走れ」と指導していたという。ロッテに1年間在籍した野村もこのことに触れており、「走るだけでピッチングがうまくなるのか?」と疑問に感じた程、金田が投手に課したトレーニングはランニング一辺倒だった。村田はランニング中心のトレーニングの結果「夏場になっても疲れが溜まらない。まるで高校時代に戻ったみたいに体が軽かった」と語っている[72]。その村田に対して金田は「村田は他の投手よりもよう走った」とお墨付きを与えている。

後年、当時ランニングを重視していなかった松坂大輔に対しても「走らないと投球時のバランスを崩すから成績を悪くする」と出演したテレビ番組で指摘。金田の言う通りに松坂の成績が悪くなったため、改めて松坂がランニングなど下半身強化中心のトレーニングに切り替えたというエピソードがある。ただし、走らせることにこだわっていたわけではなく、走ることが逆に選手にマイナスになるような場合には絶対に走らせないなど、状況に合わせた指導は怠っていなかった。江本孟紀によると、「体ができないうちは走りこみをやっても体がつぶれるだけ。体に見合った走りこみをするべき」として、単なる走れ走れ練習を金田は厳しく批判していたという。

効率的なストレッチ運動を行うため、試行錯誤の末「カネヤンダンス」と称される柔軟体操を始め[73][74]、『金田式健康棒』など、お手製の健康器具を発明・発売していた。

巨人移籍時のキャンプメニューは、朝5時30分に起床してランニングにダッシュ。午前の投手練習を終えた後に陸上競技場の土手をダッシュで30本駆け上がり、柔軟体操。その後球場でアメリカンノックを繰り返すというもので、練習好きの長嶋茂雄ですら驚く程だったという[75]

野球選手が過度の筋力トレーニングによってバランスを崩すことを危惧しており、近年様々なメディアで警鐘を鳴らしている[76][77][78]イチローも同様の指摘をしている[79]

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出典:Wikipedia
2019/10/16 23:30
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