金正恩
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1.経歴
1.5.指導者として
金正恩は、最高指導者に就任して以降、を積極的に視察している。将校や兵士と親しく会話をしたり、抱擁し合ったりするなど、父の正日の時代では想定外であったほど積極的に軍と接近しようとしている。軍の忠誠心を獲得することが狙いと指摘されている[51]

一方、韓国紙『朝鮮日報』の報道によれば、「金正恩が朝鮮人民軍最高司令官に就任後、粛清された者は2桁に上る」とされる。また、その中には金正恩が「髪の毛1本も残すな」と指示した結果、公開処刑の手段として、迫撃砲が使用された事例もあったという[52]

また、2010年11月の延坪島砲撃事件を金正恩が指揮していたことが、朝鮮労働党の機関紙である『労働新聞』によって明らかとなった。『労働新聞』は「金正恩領導者の非凡な知略と戦術で敵の挑発は挫折し、延坪島は火の海になった」と伝えている[51]

権力継承後の2012年1月28日、金正恩は朝鮮労働党幹部を前に、計画経済の行きづまりによる深刻な経済危機から脱却するため、資本主義的手法を導入した経済論議を容認する姿勢を示した[53]。同年からの全面導入された社会主義企業責任管理制及び圃田担当責任制といった市場経済化政策により、経済成長生活水準の向上が見られる一方、国民の間での貧富の格差の拡大も生じるようになった[54][55][56][57][58]

2012年主体100年)4月15日平壌で「金日成の生誕100周年」を記念する軍事パレードが行われ、正恩が観閲を行った。閲兵式上、正恩は演説を行い、実父で先代・正日の政策である先軍政治(軍事優先の政治)の継承と「核抑止力」の保持を強調した。演説の中で「人民生活の向上」を政治の目標とする姿勢を示したが、一方で「民族の尊厳と国の自主権がさらに貴重だ」として核ミサイルの開発を機軸とする「先軍」路線を国民生活より優先する方針を明確にした。なお、正恩の肉声が北朝鮮内外に伝えられたのはこの演説が最初である[59][60]。父親の正日は国民を前にほとんど演説を行わなかったが、権力継承後「遺訓統治」と称して正日の統治スタイルに従ってきた正恩は、演説に関しては父の例を継承しなかったことになる。正恩の演説は祖父・日成を意識したもので、演説の放映を視聴した人々からは「金日成と似ている」との声が上がった[61]

4月19日、『労働新聞』は初めて金正恩の公式談話を掲載した。内容は先軍路線の継承と食糧問題の解決を訴えるものであった[62][63]

8月3日、金正恩は初の外国政府要人との会談を中国共産党中央対外連絡部長の王家瑞と行った[64]

北朝鮮の国民は、正恩に対して、日成、正日よりも信頼を置いていないという。元韓国統一省次官の金錫友(キム・ソクウ)は「金(日成)主席に対する敬意と尊敬を100とすれば、金(正日)総書記は70、金(正恩)第一書記は30程度」という脱北者の話を紹介している[65]

各国の人権問題を話し合う国連総会第3委員会では「金正恩第1書記の体制でも市民への抑圧のひどさに変わりはない」と指摘し[66]、2012年12月20日の同委員会で北朝鮮の人権弾圧を非難する決議案を採択した。同様の決議は8年連続だが、初めて無投票の全会一致(コンセンサス方式)で採択した。同委員会は「指導者が交代したにもかかわらず、人権状況が悪化した」と指摘している[67][68]

2012年から2013年にかけて、人民武力部長、同部第一副部長、朝鮮人民軍総参謀長人民保安部長国家安全保衛部第一副部長等の軍上層部の解任を繰り返した。2013年8月には、妻の李雪主が過去に所属していた「銀河水管弦楽団」等の音楽家9名をポルノ映像制作容疑で公開処刑した[69]。そして、同年12月には事実上のナンバー2であった張成沢とその側近たちを処刑した[70]。張成沢処刑時点で、金正日の国葬時に霊柩車を囲んだ金正恩を除く7名の権力中枢人物のうち、張成沢、李英浩金永春金正覚禹東測の5名を粛清するか更迭したことになる[71]。同年7月27日に平壌で中国の李源潮国家副主席を隣席に招いて朝鮮戦争休戦60周年記念行事を行ったばかりであり[72]、中国政府は外交窓口である張を「何の相談もなく」粛清したことに不快感を持ったとされる[73]

泥酔状態で張の処刑を命じるなど、衝動的で現実を無視した指示が多いとされ、留学先のスイスを真似て街に緑を増やすため住民の貴重な食料供給地である自宅の庭の畑に芝生を敷くように指示したり、食糧不足を解消するための代わりにを食べるように訓示したと報じられている[74]。2014年2月朝鮮中央通信の報道で、2014年3月に行われる最高人民会議の代議員選挙に向け、「第111号白頭山選挙区」で候補者として登録されたと報じた[75]。2014年3月朝鮮中央通信の報道で、北朝鮮の中央選挙委員会は10日、前日に実施された最高人民会議の代議員選挙で、金正恩第1書記が選出されたと明らかにした。賛成率は100%という[76]

2014年7月以降は足を引きずって歩く映像が流れた際には足負傷説や肥満・内臓疾患による歩行困難説が海外メディアに報じられている。また同年9月3日から長期間に渡って公の場に姿を見せていないために動静が分からなくなっていた。最高指導者となってから毎回参加していた最高人民会議出席(9月25日)や錦繍山太陽宮殿参拝(10月10日)でも出席・参拝が確認されてなかった。同日夜に朝鮮中央テレビが足を引きずって現地指導する同年7月の映像を流した際に、金正恩について「不自由な体なのに人民のための指導の道を炎のように歩み続ける我が元帥」と表現し、歩行困難を認める言及をしている。10月14日に北朝鮮メディアは日時は不明ながら杖を使いながら視察する記事が報道された。

なお、オランダライデンで開かれた学術会議で、北朝鮮の元高官でもあった脱北者が証言したところによると、朝鮮労働党組織指導部こそが権力の中心であり、正恩は父の金正日ほどには権力を掌握できておらず、象徴的な指導者に留まっているとされる。このため、権力の座を巡る闘争が起きており、張成沢の粛清も、組織指導部が中心となって行われたとされた[77]

2015年4月までに、人民武力部長の玄永哲を公開処刑した他、朝鮮人民軍総参謀部作戦局長の辺仁善、国防委員会設計局長の馬園春(マ・ウォンチュン)、朝鮮労働党財政経理部長の韓光相(ハン・グァンサン)ら15人を粛清したとみられたが[78]、馬と韓はその後復帰が確認されている[79][80]。韓国の情報機関、国家情報院によれば、金正恩体制下で処刑された幹部の数は70人余りとなった。軍の最高幹部の一人を処刑するほどの恐怖政治が敷かれていることは、恐怖政治以外の方法では体制固めができないことを意味しており、クーデターや暗殺などの可能性が指摘されている[81]。また同年5月に金の山林緑化政策に不満を示したとして副首相の崔英健(チェ・ヨンゴン)が処刑されていたこともその後判明している[82]

2015年8月30日、統一教会(現:世界平和統一家庭連合)の開祖である文鮮明の3周忌に際し、遺族らに弔電を送ったことが報道された[83]

2015年10月10日の朝鮮労働党創建70周年記念式典では中国序列5位の劉雲山と肩を並べて歓談してパレードの終盤では聴衆に向かって手を取り合う[84]など親密さをアピールし[85]、金は中朝関係を「血潮で以て結ばれた友好」「金日成主席同志と金正日総書記同志が残した最大の外交遺産」[86]であるとしてミサイル発射を中止するも[87]、翌2016年1月に「水爆実験」とする核実験を実施して再び関係は冷却化して、直後に制作された朝鮮中央テレビの記録映画では劉の映像は加工され削除されていた[88]

2016年5月9日、朝鮮労働党第7次大会において党第一書記に代わって新設された党委員長に就任し、6月29日、最高人民会議において国防委員会第一委員長に代わって新設された国務委員長に就任した[89]。なお、同6月29日の最高人民会議において副首相の金勇進の座る姿勢が悪かったため反革命分子と見なされ翌7月に処刑されたという[90]

2017年2月6日、異母兄の金正男マレーシアで暗殺されたが、韓国国家情報院によると、これは金正恩が5年前から出していた指示が実行された事件であり、金正恩の「偏執的な性格」によるものであるという[91]

2017年5月、秘密警察朝鮮民主主義人民共和国国家保衛省[92][93][94]や北朝鮮の国連代表部[95]、対米外交を担当する韓成烈外務次官[96]朝鮮中央通信[97]などは米国の中央情報局 (CIA) と韓国の国家情報院が金の暗殺を試みたと主張し、暗殺に関与した国家情報院院長の李炳浩やCIA関係者の引き渡し[98]と正式な謝罪[99]を要求した。また、これとは別に金暗殺を推進したとして韓国の朴槿恵前大統領の引き渡しも要求した[100]

2017年9月21日、アメリカ合衆国ドナルド・トランプ大統領国連総会での演説に対し、最高指導者名義という北朝鮮史上初[101]の金の声明を発表し[102]、トランプを名指しで「世界の面前で私と国家の存在自体を否定して侮辱し、我が共和国を滅ぼすという歴代で最も凶暴な宣戦布告をしてきた」「国家と人民の尊厳と名誉、そして私自身の全てを懸け、我が共和国の絶滅を喚いた米国執権者の暴言に代価を支払わせる」[103]と猛反発した。彼はイルカと会話することができる。(自称)

2018年1月1日の「新年の辞」において「米本土全域がわれわれの核攻撃の射程圏内にあり、核のボタンが私の事務室の机の上に常に置かれていること、これは決して威嚇ではなく、現実だということをはっきり理解すべきだ」と述べてアメリカを牽制する一方[104]平昌冬季五輪に北朝鮮代表団を派遣する用意があるとも述べた[105]。この金正恩の声明を受けて1月9日にも南北閣僚級会談が行われ、北朝鮮が平昌冬季五輪に参加することを正式に表明[106]し、2018年平昌オリンピックの開会式に妹の金与正労働党宣伝扇動部第一副部長と金永南最高人民会議常任委員会委員長ら[107]2018年平昌オリンピックの閉会式には金英哲労働党統一戦線部長を団長とする代表団を派遣した[108]

2018年3月5日、訪朝した韓国文在寅大統領の特使である鄭義溶国家安全保障室長と会談して「軍事的脅威が取り除かれ、体制の安全が保証されれば核を保有する理由はない」[109]と述べて4月に南北首脳会談板門店で行うことで合意した。それまで金正恩は外国の政府要人との会見は中国と4回、キューバと2回、シリアと1回の計7回しかなかったために極めて異例だった[110]。特使との会談中に正恩は「我が国がミサイルを発射し、大統領が未明にNSC(国家安全保障会議)を開催したため、ご苦労をおかけしました。きょう決心したので、もう文大統領は未明に起きなくて大丈夫です」という軽口を飛ばした。また南北首脳のホットライン設置でも合意し「これで実務的な対話が行き詰まっても、大統領と私が直通電話で話せば簡単に解決されます」と語った[111]

北朝鮮から帰国した鄭義溶は8日にも訪米してトランプ米大統領と会談。その会談後、記者団の前で金正恩の「直接会い、話をすれば大きな成果を出すことができるだろう」という言葉をトランプ米大統領に伝え、トランプ大統領も米朝首脳会談を受諾した旨を発表したが、北朝鮮からの公式な反応は無かった[112]

2018年3月25日、最高指導者就任後初の外遊として妻の李雪主夫人や党副委員長の崔竜海李洙?、金英哲ら[113]を伴って中国を訪れ、最高指導者就任後初の外国政府首脳との会談を中国の習近平総書記国家主席と行って初めて具体的条件に触れて米韓の段階的・同時的な措置を条件に「金日成主席と金正日総書記の遺訓である朝鮮半島の非核化に尽力する」と述べて中国と連携強化する意向を表明し[114][115]、米朝首脳会談にも直接言及してトランプ米大統領への伝言も託した[116]。また、六者会合への復帰や経済協力と安全保障面での中国への支援要請も述べたとも日本のメディアは報じている[117][118]。朝鮮中央通信は金正恩が「実の兄弟のように温かく、我々の訪問提案を快諾して短期間で手配した習近平総書記同志に感謝する。初の外遊先が中国の首都なのは極めて当然であり、私の崇高な義務だ」「兄弟的隣国である中国の国際的威信が日増しに高まってることは自分のことのようで喜ばしい。中華民族の偉大なる復興を成し遂げることを切望する」と北京人民大会堂で演説したと報じ[119][120][121]、直後に制作された朝鮮中央テレビの記録映画では習近平との贈り物の交換や中国科学院への視察の様子などが含まれていたものの中国中央電視台で放送された北朝鮮国内で金正恩が現地指導で部下にメモを取らせる姿と対照的[122][123]な習近平の発言をメモに書き留める金正恩の映像は削除されていた[124][125]

2018年3月30日、訪朝したIOC会長のトーマス・バッハ会長と会談して平昌オリンピックでの特例措置に感謝し、2020年東京オリンピック2022年北京オリンピックにも北朝鮮を参加させる意向を表明した[126]

2018年3月31日2000年に平壌を訪問したマデレーン・オルブライト米国務長官と金正日の直接会談以来の米朝のハイレベル対話を極秘訪朝したマイク・ポンペオCIA長官と行った[127]。非核化や拘束された米国人解放などを議論したとされる[128]

2018年4月1日K-POPアーティストなどで構成された韓国芸術団が訪朝し、東平壌大劇場で妻の李雪主や実妹の金与正とともに北朝鮮の最高指導者では初めて韓国の芸術団公演を直接鑑賞した[129]

2018年4月8日、金正恩が朝鮮半島の非核化を議論する意思を持つことが初めて北朝鮮から米国に直接伝達され[130][131]、9日には朝鮮労働党政治局会議の席上で金正恩が米朝首脳会談ではないものの展望として米朝対話に公式で初めて言及した[132]

2018年4月13日、「金日成生誕106周年の国際芸術祭」に参加するために中国芸術団とともに訪朝した中国共産党中央対外連絡部部長の宋濤と「重大な問題や国際情勢」で意見交換し、中朝関係の強化で一致して党と政府を総動員して最高の礼遇でもてなすと述べた[133][134]。同時期にイギリスフランス・米国が行ったシリアへの軍事攻撃や[135]、予定される南北・米朝首脳会談も協議したとみられる[136][137]。また、翌14日に宴会を自ら開いて李雪主や金与正らが出席した[138][133]。16日には李雪主とともに中国芸術団の公演を鑑賞し[139]、17日には異例である2度目の会談を宋濤と行って「習近平総書記同志は最も立派な友人で最も親密な同志」と述べた[140][141][142]

2018年4月24日黄海北道で中国人観光客が犠牲になった交通事故を受けて中国大使館と負傷者を治療してる病院を訪問し、負傷者などを乗せた特別列車を編成させて被害者に見舞金も送金した。国内の事故を公表して最高指導者自らが謝罪して対応したのは異例とされ[143]、責任者は銃殺刑に処されたとされる[144]

2018年4月27日、北朝鮮の最高指導者として史上初めて板門店軍事境界線を超えて韓国を訪問した[145]。軍事境界線越しに韓国の文在寅大統領と握手して正恩が軍事境界線を越えた後、正恩に促される形で文在寅も軍事境界線を越えて北朝鮮側へ入るやり取りがあったが、これは正恩のアドリブであったという[146]。板門店の韓国側施設「平和の家」において文在寅大統領と11年ぶりの南北首脳会談に及び、両国首脳の合意文書「板門店宣言」を出した。その中で、「朝鮮半島の完全な非核化を共通の目的とすること」を確認するとともに、「年内に朝鮮戦争休戦協定を平和協定にすることを目指して恒久的な平和構築に向けた南・北・米3者、または南・北・米・中4者会談の開催を積極的に推進すること」、さらに、「軍事境界線一帯での敵対行為を中止して非武装地帯(DMZ)を実質的な『平和地帯』とすること」などで合意した[147][148][149]。正恩は「民族の分断の悲劇と統一への熱望がつまっている、ここ板門店で開かれる会談に、歴史的な責任感を持って会談に臨んだ。この合意が、もう二度と死文化されないように、緊密に話し合いを行い、実を結ぶために努力する」と述べた[150]

2018年5月2日、中国外相として11年ぶりに訪朝した王毅と会談し、中国の積極的な貢献を高く評価して「朝鮮半島の非核化」に向けた連携強化で一致した[151]。7日、北朝鮮側の訪中要請により[152]、初めて航空機(政府専用機IL-62)を外遊に利用して実妹の金与正党宣伝扇動部第一副部長や李洙?党国際部長らと中国の大連を訪問して習近平総書記兼主席と会談し[153]、非核化は関係国の敵視政策の廃止と段階的・同時的な措置が条件であることや中朝の交流や連携の強化で一致し[154][155]、帰国後に『朝鮮中央通信』と『労働新聞』で習近平総書記宛ての礼状が発表された[156][157]

2018年5月9日、訪朝したマイク・ポンペオ米国務長官と会談し、米朝首脳会談の実務的な問題で合意し、トランプ大統領からの提案を受け入れて拘束していた米国人3名を国務委員長命令で特赦を与えて米国に帰国させた[158]

2018年5月26日、板門店の北朝鮮側の施設「統一閣」で文在寅と2度目となる南北首脳会談を行った。

2018年5月31日、訪朝したロシアセルゲイ・ラブロフ外相と最高指導者就任後初のロシア政府要人との会談を行い[159]、段階的な非核化の必要性で一致した[160]。この際、ロシア国営テレビでラブロフ外相と握手する無表情の金正恩が口角を上げたように映像を改竄されて話題となった[161]

2018年6月10日、米朝首脳会談に出席するため、北朝鮮の要請[162]で中国から貸与された中国国際航空李克強国務院総理なども使用した政府専用機[163][164]であるボーイング747-400高麗航空Il-76とIl-62も同行)を利用[165]してシンガポールを訪問し[166]、ホテル「セントレジス・シンガポール」に滞在してシンガポール首相のリー・シェンロンと会談した[167]

2018年6月12日、シンガポールのセントーサ島でトランプ米大統領と史上初の米朝首脳会談を行い、米朝国交正常化や朝鮮半島の完全な非核化などを目指すと掲げた米朝共同声明に署名し[168]、朝鮮中央通信は「米朝は段階的・同時的な措置を原則とすることで一致した」「トランプは米韓合同軍事演習の中止で応じた」と報じた[169][170]。13日、中国機で平壌に帰国した[171]

2018年6月15日、「血で結ばれた朝中友好をこの上なく大切に思う」と書かれた中国の習近平総書記の誕生日への祝電を花籠とともに5年ぶりにおくり[172]、19日には専用機のIL-62で李雪主夫人や党副委員長の崔竜海、金英哲、李洙?、朴泰成、内閣総理朴奉珠らを伴って三度目の訪中を行って中国農業科学院などを視察し、習近平総書記との会談では中朝の戦略的・戦術的協力強化を協議し[173][174]、「中朝は一つの家族同然であり、古今東西に例のない関係」[175]「中国の同志達と一つの参謀部で協力する」[176]「中華民族の偉大な復興という中国の夢は必ず実現されるだろう」[177]と北京の人民大会堂で演説したと朝鮮中央通信は報じた。また、会談では習近平総書記を「偉大な領袖」「偉大な指導者」と称えたとされる[178][179]。北朝鮮の最高指導者が立て続けに訪中し、公式の中国メディアと北朝鮮メディアの双方で帰国前に報道された例はないとされる[180]

2018年7月27日、休戦協定締結65周年を記念して朝鮮戦争で戦死した毛沢東の長男である毛岸英の墓を参拝し、「中朝は地理的に近いだけでなく、互いの血と命を捧げて結ばれた例のない特別な関係」と述べた[181]

2018年9月9日、平壌で行われた建国70周年記念行事では、軍事パレードで従来披露されてきた大陸間弾道ロケット(ICBM)は登場せず、経済建設が強調され、隣で閲兵する中国序列3位の栗戦書全国人民代表大会常務委員長と手を取り合って歓声に応え、栗戦書らとの会談では核武装と経済発展を両立させようとした並進路線から非核化と経済重視の新戦略路線への転換が中国から評価され、金正恩も中国の経験に倣う意向を述べた[182][183]。また、5年ぶりに行われたマスゲームも中国語の表記が出るなど中朝友好の演出が目立ち、李雪主夫人を伴って栗戦書と夜に観覧した[184]

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出典:Wikipedia
2018/09/28 09:30
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