橋下徹
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1.来歴
1.4.政治家として
2007年(平成19年)12月12日大阪府知事選挙に出馬することを表明。2008年(平成20年)1月27日投開票の大阪府知事選挙で183万2857票を獲得し当選した[15]。同年2月6日に大阪府知事に就任した。
2009年(平成21年)に、世界経済フォーラム(ダボス会議)のYoung Global Leadersの1人に選出された。
2010年(平成22年)4月、地域政党大阪維新の会を結党し代表に就任。2012年(平成24年)9月、国政政党日本維新の会代表。同年11月、日本維新の会代表代行。2013年(平成25年)1月、日本維新の会共同代表。
2011年(平成23年)11月、自らが掲げる大阪都構想などの政策実現を目的として、任期を3ヶ月余り残して大阪府知事を辞職、任期満了に伴う大阪市長選挙に立候補。40年ぶりとなる府知事選とのダブル選挙であることや、現職の平松邦夫(12月19日任期満了)との一騎討ちなどが注目されたが、結果は750,813票と平松に20万票以上の差をつけて初当選。同年12月19日、第19代(公選制では9代目)大阪市長に就任した。知事経験者が政令市長に就任したのは史上初であった。
2014年(平成26年)3月23日、出直し選挙を図り、2番手候補に30万票以上の差をつけて再選。9月21日、維新の党共同代表。12月23日、共同代表辞任。
2015年(平成27年)5月17日、大阪都構想の賛否を問う住民投票がおこなわれ、結果は否決された。投開票後の初の定例会見において、次期大阪市長選は維新での候補擁立にこだわらないとする個人的な見解を示した[16]
2015年8月27日、維新の党を辞任すると共に離党。同時に松井一郎も顧問を辞任・離党した。ただし、両者ともに大阪維新の会の代表・幹事長は続けた[17]。同年10月2日、国政政党・おおさか維新の会を結党し、初代代表に就任[18]。同年12月12日、おおさか維新の会代表を退任し、法律政策顧問に就任[19](同日に大阪維新の会代表も退任)。
同年12月18日、大阪市長の任期を満了し、政界から引退した。
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(1.3.マスメディア出演)
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(2.政界引退後)

15. 平成20年1月27日 大阪府知事選結果(大阪府選挙管理委員会)
16. 橋下氏「都構想反対派が市政を進めたらいい」 維新での擁立にこだわらず 次期大阪市長選で 産経2015年5月29日
17. “【橋下氏離党会見】(1)「僕と松井知事はダブル選に専念する」橋下氏が離党理由を説明(1/2ページ)”. 産経WEST. (2015年8月27日). http://www.sankei.com/west/news/150827/wst1508270063-n1.html 2015年8月27日閲覧。 
18. 産経新聞2015年10月2日
19. おおさか維新 新代表に松井氏 橋下氏は法律政策顧問へ

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出典:Wikipedia
2018/05/13 01:31
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