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義務教育
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8.日本における義務教育
8.1.日本における歴史
学制から始まった義務教育推進運動は、当初は授業料徴収があったために中々効果を上げなかったが、1900年(明治33年)に尋常小学校の授業料を無償化にするなどした結果、1915年(大正4年)には通学率が90%を超えるなど、学齢期の国民の就学が普遍化していった。

明治時代から大正昭和時代前期における義務教育の範囲は実質的に初等教育尋常小学校から後に学校種を国民学校に改組)のみであった。1941年までは義務教育の始期は一定年齢での定めであったが(ただしそれより前後して就学した例は多い)、義務教育の終期は「尋常小学校の修了と、14歳になることの、どちらか早い方まで」と、課程主義と年齢主義の併用で定められていた。この時点では学齢期と義務教育期は別個のものである。当時の義務教育期間について、尋常小学校の当時の修業年限に基づいて「4年間」や「6年間」と固定的なものであるかのような書き方をしている情報源もあるが、実際には課程主義を併用していたことから、「4年間〜8年間」、「6年間〜8年間」とすべきである。例えば小学校を6年間で修了した場合、まだ14歳になっていなくても義務教育は終わるが、8年かかっても修了できない場合、14歳までが義務教育期間ということになる。文部省の公的文書である「s:課程の修了又は卒業の認定等について」においても、「義務教育年限が満一二歳までであった当時に義務教育を終え」のように、義務教育期間の終期が12歳である時期があったかのような描写も存在するが、実際には尋常小学校の修了の時期によって終期は変動する(なお学齢の終期が12歳であった時期はない)。

1879年(明治12年)の教育令施行から1941年(昭和16年)の国民学校令の制定までは、保護者は市町村長の許可を得るなどして義務教育として「家庭又ハ其ノ他」における教育を選択することができた(第3次小学校令では、第36条第1項但書の規定による)。

1939年(昭和14年)から、中等学校高等小学校などに在籍していない男子は、14歳から19歳まで青年学校への就学義務があるとされ、年間210時間の定時制教育を受けることとなった。これは第二次世界大戦下の国家総力戦のための軍事教練的な性格も強かったが、形の上では男性のみ13年間の義務教育期間が定められていたことになる。また、1944年(昭和19年)からは国民学校令改正によって昼間の授業による義務教育が8年間に延長される予定であったが、戦況悪化のため実施されなかった。とはいえ、これら義務教育が時代の背景や情勢に左右されることはあっても、当時の日本は世界的にみて識字率の高い国となっていた。なお、国民学校令では義務教育年限は8年間であり、義務教育の終期は国民学校の修了とは関係なく、完全に年齢によって定められていたが、施行当初の3年間は6年制のままにするとの規定があり、また1944年(昭和19年)以降の国民学校令等戦時特例により国民学校8年制化が先送りされたため、義務教育の終期は従来通り年齢主義と課程主義の併用のままであった。なお、6年制予定期間と戦時特例を合わせた期間は、国民学校令の施行から廃止までの全期間に渡っていたため、実際には法令通りの運用になったことはない。

第二次世界大戦敗戦後GHQ占領下の1947年(昭和22年)の学制改革により、現在まで70年以上続いている義務教育制度が施行された。これは6歳から15歳までの9年間を義務教育期間とし、課程の修了と義務教育の終了が無関係な、完全な年齢主義で運用するようにしたものである。またこれまでは尋常小学校もしくは国民学校という単一校種が就学先学校であったが、この改革では小学校6年間・中学校3年間をその期間に該当させるという二段階のシステムがとられた。この時点で特殊教育諸学校への就学義務も定められたが、盲学校・聾学校については早い時期に対応できたものの、実際に養護学校の義務教育化は1979年からとなる。

1998年(平成10年)に中等教育学校が学校種として定められたため、これの前期課程も義務教育を実施できる課程となった。

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出典:Wikipedia
2020/02/16 12:31
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