開発独裁
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1.経緯
1.2.権力独占と抑圧された民主主義
フィリピンのマルコス政権やインドネシアのスハルト政権、タイサリット政権といった「開発独裁」国家では、開発政策を推進する上で、軍部出身者や国家官僚などの少数のエリート権力を独占して国家運営を行なった。これは利権を私物化することになるため、国家中枢の実態は国民に対して隠蔽され、後に縁故資本主義と批判されることになった。

これらの開発途上国が経済発展・工業化をめざして開発政策を推し進めていくためには、国家の諸資源を一元的に管理して、計画的かつ優先的に経済開発に投入する必要があった。しかし、こうした開発途上国の政治過程に、地域的・党派的・イデオロギー的・宗教的に多様な集団と、それらを代表する政党などが、選挙議会制民主主義を通じて参入してくれば、各派の利害が錯綜して、それら調整することは難しくなる。

実際、限られた国家資源を各派の政治家が争って食い物にしあうような汚職や腐敗も目立った。韓国やタイ、インドネシアで開発独裁政権が生まれたのは、それに先立つ時期にそうした「議会政治の失敗」や「政党政治の腐敗」を経験してからのことであった。

開発独裁政権下では結社の自由言論の自由が抑圧され、秘密警察・治安警察による社会の監視体制が作られた。興味深いことに、開発独裁が起きた多くの国では共産党が強い影響力を持っており、民主主義政党は厳しく弾圧された。労働運動も政府の御用組合のみが存続を許されていたにすぎない。

開発独裁の「独裁」とは、他ならぬこうした権力の独占状況と、国内における政治的自由の抑圧状況を指し示しているが、開発独裁政権においても「民主主義」的諸制度が全面的に否定されていたわけではない[5]

開発独裁政権下では、さまざまな制約下で、政党議会選挙などの民主的諸制度は存続した。しかし、それらは制度的外観を備えているにすぎないもので、開発独裁政権にとってそれらは政権の「民主的」な正当性を内外にアピールするために必要とされていたに過ぎない。実際には、選挙は政府の厳重な監視下に置かれて実施され、政権与党の圧勝劇を演出し、議会には先鋭的な対立は持ち込まれなかったのである。

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(1.1.由来)
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(1.3.開発独裁と反共主義)
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出典:Wikipedia
2019/08/24 18:00
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