雅樹ちゃん誘拐殺人事件
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2.事件の解決
犯人のM(当時32歳)は全国に指名手配されたが、7月13日、布施市(現:東大阪市)の工員の男性から「同居する男が指名手配犯に似ている」として交番に連絡をする。この男はハンドバッグの口金製造業に勤める「山田正五」なる人物と顔がそっくりであるという。犯人は盲腸の手術痕があるので、警察は「山田」と名乗る人物にもそれがあるのかを確認してほしいと依頼する。7月14日、工員の男性は「山田」と公衆浴場に誘ったが、それらしい跡は確認できなかった。

更にその3日後の17日、工員は「山田」の所持品を探ってみる。その「山田」のジャンパーのポケットにある手帳を見ると「誘拐事件に荷担(かたん)した」というメモが書かれてあり、「山田」と名乗ったMがその日の夕方警察に誘拐殺人の罪で逮捕された。

Mは1960年4月フランスで起きた自動車王のプジョーの孫・エリック誘拐事件(エリックは無傷であった)の記事を見て、金に困っていたことから身代金を目当てにした誘拐事件をしようと企てる。「狙うなら金を払いそうな金持ちの家の子供がいい」と思い付き、慶応幼稚舎の生徒を狙うこと、さらに多くの児童が鉄道からバスへ乗り換える国鉄(現JR東日本目黒駅周辺で連れ去るということも計画に挙げていた[1]

そして事件当日、Mは被害者に対し目黒駅で「お母さんに頼まれたので病院に行こう」と声を掛けて誘拐を図る。被害者は麻酔薬で眠らせたという。被害者宅の使用人に対し、場所を指定してあるので、そこに行くように指示を出した。都民農園付近は事件を起こす前日までに入念な下見を行い、逃げやすそうな場所に車を停めておいた。使用人の女性がバスでやってくると、逆の方向からバスで女性とMを追尾する警官を見つけたため、この日は受け取りを中止した。

事件2日目、指定した場所で女性を待ち合わせていると、Mは足を滑らせて肥溜めに落ちてしまい、ズボンとサンダルが汚れてしまったため家路に着く。そして3日目、犯人を特定しようと事件の詳細に至るまで過熱した報道を繰り返したメディアによって精神的に追い詰められたMは薬の影響で衰弱状態となっていた被害者を殺害しようと決断。口にゴムホースを使ってガスを入れ[2]、その上で首を絞めて殺害、自宅を監視されていることを知って、あわてたMは死体を乗せて逃走するが、パトカーとすれ違い、杉並区内で車を乗り捨てると、横浜市から大阪市へと逃亡。最後は布施市で住み込みの工員として仕事をしていたという。

Mが手帳に記した内容は虚偽であった。これは、逮捕された際にも自分以外に主犯がいると思わせて捜査を撹乱し、また裁判で有利になるための欺瞞工作として準備したものであった。しかし皮肉にも、この手帳を工員に発見されたことで逮捕に至ることになる[3]

この事件は誘拐事件において過熱した報道を繰り返したメディアに深い反省を与え、報道協定が定着するきっかけにもなった。

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(3.判決)
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出典:Wikipedia
2019/08/14 11:02
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