火垂るの墓
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6.アニメ映画
6.1.キャスト
公開当時、清太の声を担当した辰巳努は16歳1ヶ月、節子の声を担当した白石綾乃は5歳11ヶ月で、共に作品舞台と同じ関西地区の出身者である。清太、節子の母の声を担当した志乃原良子も大阪出身であり、他にも、同じ関西が舞台である高畑勲の作品『じゃりン子チエ』に出演経験のある山口や表淳夫も含めた関西出身の俳優が多数出演しており、本職のアニメ声優はほとんど起用されていない。

声 - 辰巳努
本作の主人公。14歳(中学3年〔旧制〕)。劇中で、通っていた神戸市立中〔旧制〕は空襲で全焼したことが清太により言及。家も焼け出され、母も死去し、幼い妹・節子と共に西宮の親戚の家に行くが、叔母と折り合いが悪くなり自由を求めて節子と共にその家を出る。衰弱する節子に食べ物を与えるため盗みをするなど必死になるが、栄養失調で節子を失い、1945年(昭和20年)9月21日夜、清太自身も三ノ宮駅構内で栄養失調のため衰弱死した。同時に節子の遺骨が入ったドロップの缶は駅員に放り投げ出されていった。アニメ映画では死の直前、意識が朦朧としても節子のことを考えていた[15]。盗みを始めた理由についてアニメ絵本では節子が病気になりかかっているので「なんとかしなければならないと思ったため」という記述がある。
節子
声 - 白石綾乃
本作のヒロイン。4歳。清太の妹。母の言葉や着物のことを覚えている[16]。清太から母が亡くなったことは聞かされず、病院に入院していると誤魔化されていたが、中盤で、実は叔母から母が既に亡くなったことを聞き、知っていたことが判明する。栄養失調から来る衰弱のため体に汗疹疥癬ができ、髪にはがつき、何日も下痢が続いていた。その影響で徐々に目も虚ろになり焦点もあっておらず、死の直前は清太の言葉もほとんど通じていなかった。この際、おはじきをドロップと思って舐めたり、石を御飯だと勘違いするほど思考力が落ちていた。スイカを食べた後、目を覚ます事はなく息を引き取った。彼女の遺体は清太によって大事にしていた人形、財布等と共に荼毘に付され、遺骨はドロップの缶に納められた。
死因については、栄養失調や弱による死亡説のほか、冒頭の空襲で軍需工場の出火により有毒物質を含む黒煙の雨粒を体内に取り込んだためとする説がある。劇中で何度か「左眼が痛い」と発言しているのもそれに起因している。幼く免疫力が低かったことや栄養失調が重なったため、清太よりも早く死に至ったとする説である[17]。ただしこの説は清太と節子の栄養状態が同一水準だった場合を前提としており、劇中には盗みに入った家で清太だけが盗み食いをする描写があるため、仮説の一つにとどまる。
ドロップが好きで、手持ちを全て食べつくし、衰弱し何を食べたいかを聞かれ最後に「またドロップ舐めたい」と語っていたが叶うことはなかった。アニメ絵本で清太は節子を荼毘に付す直前、「もう一度ドロップ舐めさせてあげたかった」と述壊している。モデルは、戦時中に栄養失調で亡くなった原作者の妹である。
なお節子役を演じた白石は「節子と同年輩で関西弁の子役」という監督の要望で起用され、マネージャーから口伝えにセリフの指導を受けプレスコで収録を行った[18]。志乃原は白石について「本当にいい子でした」と述べている[19]。また辰巳努は「あの子のおかげでだいぶやりやすかった。あの子の声やから、最後の節子が死にそうになるところで、思わず素直にセリフが出てしまったのかもしれません」と述べている[18]
清太・節子の母
声 - 志乃原良子
兄妹の母親。心臓が悪い(原作においては節子を出産した後に心臓病を患ったと説明されている)。気立ての良い、上品な美人。2人より先に防空壕に行こうとしていた際に空襲に被災、全身に大火傷を負い重篤となる。包帯も取れない状態で、腕の一部が焼け蛆虫がついており、清太が駆けつける直前に昏睡状態に陥り、そのまま死亡。清太は節子に真実を話すことができず、「西宮の回生病院に入院している」ことにしている。なお、アニメ映画では、清太は母の遺骨を納めた箱を叔母の家についた直後に庭に隠した。原作では棚の上の戸袋に隠し、中盤で母の死が節子に知れてからは、母の遺骨は布引町近くの春日野墓地に埋葬されていると節子に告げ、まだ防空壕の中にあるにもかかわらず清太はそういう希望を語っている。清太が持っていた7,000円の貯金は「母がもしもの時のために銀行に預けてくれていたものである」と劇中では言及。
なお、清太が泥棒で捕まり、殴られた際に節子が清太にかけた言葉は、原作では「母の口調」とあり、アニメ絵本では「母が昔、節子が泣く度に言った台詞」と書かれている。母親の登場シーンは事実上、冒頭のみで後は回想シーンなどで登場する。清太が回想した母と節子と海に行った場面は劇中では特に説明がないが、アニメ絵本や原作の記述によると1年前の出来事とされている。
清太・節子の父
兄妹の父親で海軍大尉。戦争に出征しているため、劇中では写真と回想シーンでのみ登場する。モデルは野坂の実父とされる。清太は昔、父の観艦式を見たと言及しており、節子が生まれる前から、海軍にいたことが示唆されている。この観艦式は原作では1935年(昭和10年)10月となっている。戦争に出征してからは清太が手紙を出しても連絡が着かなくなっていたが戦争終了後、父の乗った連合艦隊は全滅していたことが判明する。なお、父が乗り込んだとされる高雄型重巡洋艦摩耶は1944年(昭和19年)10月のレイテ沖海戦フィリピンのパラワン水道において米潜水艦の魚雷攻撃を受け沈没している。ただし769名(士官47名、下士官兵722名)が救助されていることから、本当の生死は不明である。また、特にネットでは彼が摩耶の艦長であるとする言説が散見されるが、劇中でそのことを裏付ける内容は一切示されていない。
親戚の叔母さん
声 - 山口朱美
西宮在住。清太と節子を一時的に引き取る。当初はうまくいっていたが、次第に諍いが絶えなくなる[20]。原作では「未亡人」「小母さん」と表記され、清太の父親の従弟が夫だった。清太と節子を預かることは清太の言及によると約束になっていたようであり、叔母の言動から母も叔母の家に疎開する予定だった模様。原作ではお互い空襲で家が焼けたら身を寄せ合う約束だったと記され、アニメ絵本でも、状況によっては叔母が清太達の家に疎開する可能性も示唆されている。勝手に出て行ったのは清太達で叔母は直接的に追い出す言動は取っていないが、引き止めもせずにせいせいし、原作では、2人を疫病神と呼び、「横穴へ住んどったらええ」と言っている。
叔母さんの娘
女学生。三つ編みの清楚な風貌の少女。節子に下駄をプレゼントする、母が自分達の食器にだけ米を盛り清太と節子には雑炊しか与えなかった際は居心地の悪そうな素振りを見せる描写がある。
叔母宅の下宿人
学生。眼鏡をかけた、真面目そうな青年。劇中で名前は呼ばれておらず絵コンテ集で確認できる。叔母に愛想を尽かされ庭で煮炊きする清太と節子を見て、気の毒がる素振りをするが、下宿人という立場からか積極的な擁護まではしなかった。叔母の台詞では勤労奉仕に熱心に参加している模様。原作では、家には娘と、商船学校[21]在学中の息子・幸彦と、神戸税関に勤めている下宿人がおり、下宿人は闇の食料ルートに詳しく缶詰などを持ってきて、叔母の娘の気をひこうとしている。
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出典:Wikipedia
2018/12/08 12:30
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