火垂るの墓
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6.アニメ映画
同名のアニメ映画『火垂るの墓』(英題:Grave of the Fireflies)が、新潮社の製作で1988年(昭和63年)4月16日から東宝系で公開された。制作はスタジオジブリ、監督・脚本は高畑勲。挿入歌としてアメリータ・ガリ=クルチの「埴生の宿(原題:Home, Sweet Home)」が使われた。
原作同様に清太の死が冒頭で描かれ、幽霊になった清太の「僕は死んだ」というナレーションから始まってカットバックしていき、神戸大空襲から清太が死地となる駅構内へ赴くまで原作の構成をほぼ忠実になぞっているが、後半部分の演出、特に節子の死のシーンの描写(原作では清太が池で泳いでいる間に死んでいる)や、ラストで清太が去って行った後の山から見える景色が現代の神戸の街のシルエットに繋がる構成などはアニメオリジナルである。
作中で画面が赤くなる時は、清太と節子の幽霊が登場し近くで見ており、記憶を何度も繰り返し見つめていることを意味し、阿修羅のように赤く演出されている[11][12][13]。ただしアニメ絵本ではこの部分は大幅に省略され、ラストで現代の神戸の街を見ている二人が赤い状態の幽霊であることを示唆する場面があるのみである。なお、アニメ絵本は概ね映画本編を忠実になぞっているが、唐突に出てきた台詞・行動・場面等の説明がなされている。
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(5.直木賞の選評)
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(6.1.キャスト)

11. 1988年5月号『アニメージュ』の高畑勲監督の発言、ジブリレイアウト展の音声解説より
12. 冒頭に出てくる二人と、新しくなるドロップの缶は幽霊になったイメージ、幽霊の節子が三宮の駅で倒れる過去の清太の所に行こうとしたのをもう一人の清太が制止するのは「自分も(幽霊になり)ここにいるから心配しなくていい」という意味、電車に乗り叔母の家まで行くのは「過去を思い出しに行く」とも言えるシーンで、「死人に口なし」という事もことわざもあるように幽霊の清太は冒頭とラストを除き喋らない。
13. 宮崎駿は稲葉振一郎『ナウシカ読解』インタビューで「幽霊というのは死んだ時の姿で出てくるのでガリガリに痩せてお腹が減った状態で出てこないとおかしい」と幽霊の二人の衣服に矛盾を指摘している。

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出典:Wikipedia
2018/04/21 01:30
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