稲川淳二
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2.略歴
2.2.タレントとしての略歴

デビュー[編集]


1976年4月より、ニッポン放送の深夜ラジオ番組『オールナイトニッポン』二部カッコマン(伊藤政則)の跡を継いでラジオパーソナリティとなる。

人気[編集]


舞台俳優として活動していたが、1980年代中期に貧乏・不健康というキャラクターでバラエティ番組にも登場。一世を風靡したフジテレビオレたちひょうきん族』内の一コーナー『ひょうきんベストテン』にて、"歌手役で登場 → 「悲惨だなー」と嘆き、散々な扱いを受ける → カメラに向っての決め台詞「いかがでしたか? 喜んでいただけましたか?」"という一連の流れを披露していた。

日本テレビスーパージョッキー』では初期のレギュラーであった。同番組では、Jockey-1のコーナーで、マイナーな商品やあまり意味の無い商品をビートたけしのツッコミを受けながら、視聴者がなんとか欲しがるように説明や実演を行っていた。また、番組名物の「熱湯風呂」に入る際は、たけしがきちんとピンマイクを外す冷静さを指摘し、その後のダチョウ倶楽部のネタ「聞いてないよ」の伏線となっている。

その後も、日本テレビの『ルックルックこんにちは』やTBSテレビの『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』などのバラエティ番組に出演、体を張ったリポートと大きなリアクションで人気を得ることとなる。リアクション芸人としての地位は、後にダチョウ倶楽部出川哲朗が引き継いでいくこととなる。

極度の音痴も芸風のひとつで、一昔前のものまね番組では沢田研二の『勝手にしやがれ』を調子はずれな音程で熱唱するのが恒例だった。

俳優[編集]


1987年朝日放送テレビドラマザ・ハングマン6』および『ハングマンGOGO!』で、悪人に対する仕置きの見本となる「モルモット小父さん」役を演じた。

1992年NHK大河ドラマ信長 KING OF ZIPANGU』では、サイドストーリー的な準レギュラーとして、キリスト教宣教師に出会い洗礼を受ける琵琶法師・慈海(ロレンソ)役を演じて俳優出身のシリアスな一面を見せ、さらにその時にはトレードマークであった口ひげを剃り周囲を驚かせた。

怪談[編集]


独特の口調で語る怪談の語り手としても知られている。1986年オールナイトフジでの『生き人形』(後述)の怪談が反響を呼ぶ。翌1987年には数篇の怪談を収録したカセットテープが発売され、オリコンチャートの上位にランクインする(その後もCDやビデオ、あるいは書籍として数多くの怪談がリリースされた)。 また、1993年頃から『稲川淳二の怪談ナイト』(ミステリーナイトツアー)という怪談によるライブを毎年夏から年末にかけて行い、全国を廻っている(2001年には、正月にも開催された)。演劇調の演出が施された稲川の怪談は従来の講談や落語のようなシンプルな演出をやや派手に発展させたものであり、特にテレビのコンテンツとしての相性が良かった。稲川の登場により多くのタレントが怪談の語り手としてメディアに登場するようになったという点で怪談の現代化・ビジネス化に大きく貢献したと言える。『稲川淳二の怪談ナイト』は2019年7月時点で披露した怪談460話、動員数延べ57万人に達する[8]

夏場は怪談のトークライブを全国各地で行っていることから、関西テレビの『ナンボDEなんぼ』の"に忙しい芸能人番付"で、横綱に選ばれた(ちなみに西の横綱は盆踊り関西各地を廻る河内家菊水丸)。

稲川淳二自身が口にしたくない程に恐い(話の内外で死者や負傷者が出ている)『生き人形』という話がある。大抵、この話をすると呪いがかかると噂されている。自身の著書でも、自分のお気に入り恐い話のランキング1位に持ってくるほどである。

スティーヴン・キングの大ファンである。

自身が選ぶ最も怖い映画ベスト3として、1位:『ハイド・アンド・シーク 暗闇のかくれんぼ』 2位:『ミザリー』 3位:『キャリー』 を挙げている。

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出典:Wikipedia
2019/10/13 17:32
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