逸見政孝
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2.死去の背景
2.4.ガン再発と告白会見、そして闘病期
前田外科病院での再手術にあたり、逸見が前田院長に直接「執刀をしてくれますね?」と尋ねた処、前田院長は笑みを浮かべながら「丁度その頃、僕は夏休みに入っているんだよなあ」と、思わぬ返答をされている(代わりに副院長が手術する方針であることも告げられた)。さらにアメリカでの治療が直前で取り止めになったことから、逸見は次第に前田外科への不信感を抱き始めた。その後も晴恵や三木社長らの勧告もあって[19]、同年9月3日にようやく東京女子医科大学病院へ番組収録前の午前中に訪れ、この時に初めて癌の再発を宣告される。そして、羽生冨士夫教授をはじめとする医師団からは、触診の際に「何故ここまで放っておいたのですか!?」と怒られ、厳しい現状を告げられた。そのことを受け止めた逸見は、再々手術を決意することとなった。

同年9月6日午後3時、日本テレビ本社(現:日本テレビ放送網麹町分室)内2階の大型ホールで緊急記者会見を行い、各局のワイドショーで生中継された。冒頭のコメントでこう述べた。

「こういう形での記者会見は賛否あると思いますが、私が入院してから事務所を通じてのコメントを出しますと、真意が伝わらなかったり、あるいは誤解を生じてもいけませんので、私の口から伝えることによって、皆さんに集まって頂きました。最初に皆さんにお詫びをしなければいけないのですが、今年(1993年)の1月から2月にかけて私が入院いたしまして、手術そして退院した時にやはり集まって頂きました。その時に私が発表した病名は大変申しわけなかったのですが、嘘の病名を発表致しました。これはなぜかと言いますと、当時、本当のことを言うことによって、迷惑がかかる人が大変に多かったということがありまして、私自身本当に心苦しかったんですけれとも、いずれ折を見て、本当のことを言うことができるときには、それを言おうというふうに思っておりました。そして、その時にあえて嘘をついたのですが、その嘘は許される嘘だと思ってつきました。ただ、こういう形で本当のことを申し上げなければならない事態になったことは私は全く予想もしなかったことですし、非常に残念であります。今回は嘘をつくことによって迷惑かける方々が非常に多いということで、本当のことを申し上げます。私が今、侵されている病気の名前、病名は癌です」
この会見で、自ら進行胃癌(スキルス胃癌)であることを、初めて公の場で告白した。そして、これから癌闘病生活を送ることを述べた逸見は、記者から闘病に挑む心境を尋ねられ「やはり自分にとって一番難しいことですが、仕事のことを忘れることでしょうかね。なるべくそうして闘いに行ってきます」と述べた。会見の最後の方では、「もう一回、いいかたちで生還しましたというふうに言えればいいなと思っています……どうもありがとうございました」と復帰に懸ける闘病への意気込みを語った。

癌と闘う決意表明に、多くの芸能関係者は感動していたが、親しかった一部の芸能関係者には、「逸見さんにとってこの記者会見が生涯最後の仕事になるだろう」と悲観視する者も少なくなかった。また、当時は「癌発症を記者会見で発表する」こと自体が異例中の異例だったため、一部のマスコミ・週刊誌では「病気をネタにした売名行為」「とても良い営業をしている」などと中傷記事が書かれたこともあった。それは入院後に逸見の耳目にも入っていたが、ニュースキャスターという様々な批評を受ける立場を経験していたせいか「こんな見方もあるのか」と冷静に受け止めていたという。

その記者会見の翌9月7日から全ての仕事を休止。東京女子医科大学病院に入院し、本格的な闘病生活に入った。9月16日、数名の権威の執刀により、13時間[20]にも及ぶ大手術を受けた。

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(2.3.最初のガン発見と手術)
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(2.5.術後の容態悪化と最期)
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出典:Wikipedia
2018/08/14 18:00
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