逸見政孝
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2.死去の背景
2.3.最初のガン発見と手術
1993年1月18日、胸のみぞおちの辺りに痛みを訴え、江川卓に紹介された前田外科病院(現:赤坂見附前田病院)を年に1度の定期健診も兼ねて受診することにした。その際に担当医から、いきなり「胃に初期の癌細胞を発見しました」と診断が下された。その瞬間、付き添っていた晴恵は恐怖のあまり震えが止まらず、また逸見自身もみるみるうちに顔が青ざめたという。それでもその担当医は逸見夫妻に対して「あくまで初期の癌ですから、手術すればすぐに完治しますよ」と告知していた。
1週間後の1月25日に入院、前田昭二院長はじめ医師の執刀により、同年2月4日に胃の4分の3と周囲のリンパ節、腹膜の転移病巣を切除する3時間程度の最初の手術を受けた。本人には胃の3分の2を取り除いたと伝えられたが、晴恵だけには前田院長が「ご主人の病状は、実際は初期の癌ではなかった。ギリギリの所ですべての癌細胞を取り除いたんですが、残念ながら5年先の生存率はゼロに近いでしょう」と宣告していた。実際、逸見の死後に前田外科病院は、手術の時点ですでに癌が胃に近接する腹膜にまで転移していたことを公表している。
手術から1ヶ月後の同年2月25日に退院。翌日には『夜も一生けんめい。』の収録で仕事復帰。当初逸見は、病名を穿孔性十二指腸潰瘍と偽って公表していた。退院後も、抗ガン剤投薬や前田外科病院への検査通院を続け、同年春から新番組も始まったことで、逸見は再び軌道に乗り始めたかに思えた。
しかし、同年5月下旬頃になるとメスを入れた手術跡の線上がケロイド状に膨れ始めた。担当医からは「通常、手術後に起こる症状であるから心配ない」と言われたが、その突起物が次第に大きくなり、やがて服を着るにも邪魔なほどになってしまった。逸見のスケジュールの都合で、夏休み中の同年8月12日にその「突起物を除去する」という名目で2度目の手術を受けたが、癌はすでに腹腔全体に広がるまでに進行しており、もはや手のつけようがない状態だった。だが、そのような状態であったにもかかわらず、執刀医は逸見本人に癌の再発を一切告知しなかった(晴恵はガン再発を告知するよう依頼するも、執刀医は「逸見との信頼関係を崩すから告知しない」と断固拒否されたという)。その一方で、同時期に米国で医師のゴンザレスによるビタミン治療も検討されていたが、渡米前夜になって突然先方の医師から一方的に治療をキャンセルされてしまう。
当時の逸見は、前田外科病院には全幅の信頼を置いており、晴恵や所属事務所の三木治社長など、何度も周囲から別の病院での診察を勧められても全く聞き入れず(晴恵には「自分が決めたことに対して一切口出しするな!」と激怒することもあったという[19] 。また、当時はセカンド・オピニオンという概念がまだ一般化していなかった) 、加えてこの時期にはレギュラー番組を週5本も抱えていたこともあり、極めて多忙な日々を送っていた。
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[4]前ページ
(2.2.癌発症までの病歴)
[6]次ページ
(2.4.ガン再発と告白会見、そして闘病期)

19. 二十三年目の別れ道―はじめて明かす夫・逸見政孝の闘病秘話とそれからのこと(逸見晴恵・著)、フジテレビ出版、1994年

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出典:Wikipedia
2017/11/12 13:00
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