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ミナルディ
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2.歴史
2.1.F2
イタリアで老舗のフィアットディーラーを営むミナルディ一族のジャンカルロ・ミナルディが創設したプライベートチーム「スクーデリア・デル・パサットーレ(Scuderia del Passatore)」「スクーデリア・エベレスト(Scuderia Everest)」を前身とする。フォーミュラ・イタリアを経て、1974年よりヨーロッパF2選手権マーチBMWを使用して参戦開始した。

また、ジャンカルロはフェラーリの創業者エンツォ・フェラーリと良好な関係を持ち、1976年にはイタリアの若手ドライバー養成のためフェラーリ・312Tを借りて非選手権レースに出場した[1]。1977年と1978年にはF2参戦用として"ディーノ"V6エンジンの供給を受けた。

1980年にはピエロ・マンチーニからの支援を受け、チーム名を「ミナルディ」と改め、ジャコモ・カリーリ設計[2]によるオリジナルマシン「GM75」を投入した。ヨーロッパF2選手権には1984年まで参戦し、ジャンカルロ・マルティニ、ランベルト・レオーニ、エリオ・デ・アンジェリスミケーレ・アルボレートジョニー・チェコットアレッサンドロ・ナニーニパオロ・バリッラ、ジャンカルロの甥であるピエルルイジ・マルティニらが在籍した。

ミナルディはF1への進出を計画したが、アルファロメオからのエンジン供給を得られなかった。そこで、マンチーニがアルファロメオからエンジン技術者のカルロ・キティを引き抜き、モトーリ・モデルニを設立[1]。自社製V6ターボエンジンをミナルディのマシンに搭載する計画を立てた。

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出典:Wikipedia
2020/01/03 07:00
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