サービス終了のお知らせ
ベルリン会議 (1878年)
▼人気記事ランキング
3.出席者
イギリス
ベンジャミン・ディズレーリ首相
ソールズベリ侯ロバート・ガスコイン=セシル外相
オド・ラッセル
ロシア
アレクサンドル・ゴルチャコフ公(外相
ピョートル・シュヴァロフ伯(駐英大使)
パヴェル・ウブリ男爵
オーストリア=ハンガリー
アンドラーシ・ジュラ首相
アラヨス・カーロイ
ハインリヒ・カルル・フォン・ハイメルレ男爵
ドイツ
オットー・フォン・ビスマルク侯(帝国宰相
クロートヴィヒ・ツー・ホーエンローエ=シリングスフュルスト公(第三代表)
ベルンハルト・エルンスト・フォン・ビューロー(外相第一秘書官)
オスマン帝国
カラテオドリー・パシャ
サドゥラーフ・ベイ
メフメト・アリ・パシャ
フランス
ウィリアム・アンリ・ワディントン(外相
サン=ヴァリエ伯シャルル・レイモンド(駐独大使)
イタリア
ルイジ・コルティ伯
Edoardo de Launay
(以下は正式参加国ではなく、代表団の出席のみを認められた)

ギリシア
セオドロス・デリヤニス
ペトロス・ブレイラス=アルメニス
ギリシアは、自国の利害に直接関係する案件(オスマン帝国との国境改定に関する問題等)にのみ発言を許された。

ルーマニア
イオン・ブラティアヌ
ミハイ・コガルニチャヌ
セルビア
ヨヴァン・リスティチ
(モンテネグロも代表団を派遣)

独立国ではないルーマニア、セルビア、モンテネグロは会議での発言を許されず、文書による意見の申し入れのみが許された。

[4]前ページ
(2.ベルリン条約)
[6]次ページ
(4.1.ビスマルク体制下)
~目次に戻る
出典:Wikipedia
2019/01/10 07:30
ソ人気記事ランキング
2020/03/29 更新
 1位成宮いろは
 2位増岡弘
 3位大学の略称
 4位ジャーマンウイングス9525便墜落事故
 5位玉木玲
▲上に戻る
[9]Wikipediaトップ
[0]gooトップ
免責事項
(C)NTT Resonant