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プトレマイオス5世
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2.政策
彼の治世中、国内では地方で先住のエジプト民族の反乱が続いた。プトレマイオス4世存命中の紀元前208年上エジプトテーベで独立した政権が樹立され、紀元前187年から紀元前186年にかけてヒッパルスが反乱を鎮圧するまで、上エジプトは王朝の支配から離れていた[1]。プトレマイオス5世は内乱と外国の侵入に直面し、政治的困難の克服を期待してエピファネス(顕現神王)を自称したと推測されている[3]
プトレマイオス5世はエジプトの住民からの支持を得るため、種々の方策を実施する。エジプトの伝統的な儀礼に従い[1]紀元前196年3月26日にプトレマイオス朝のファラオとして初めてメンフィスで即位式を挙げ[4]、税金の恩赦を布告した[2]。有名な碑文ロゼッタ・ストーンには、ギリシア語デモティックヒエログリフの3種類の文字によって、紀元前196年にメンフィスで行われた神官会議が記録されている[2]
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(1.生涯)
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(3.子女)

1. 屋形「プトレマイオス5世」『世界伝記大事典 世界編』8巻、472-473頁
2. クレイトン『古代エジプトファラオ歴代誌』、270-271頁
3. 波部雄一郎『プトレマイオス王国と東地中海世界』(関西学院大学出版会, 2014年1月)、184-187頁
4. ギャリー.J.ショー『ファラオの生活文化図鑑』(近藤二郎訳, 原書房, 2014年2月)、194-196頁

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出典:Wikipedia
2017/07/02 15:02
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