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ブルックリン区
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1.歴史
1.6.高度成長
およそ30年に渡るニューヨーク都市圏の拡大に伴い、キングス郡は港湾都市として発展著しく19世紀には合衆国で3番目に多い人口を抱えるまでになった。詩人エマ・ラザラスのソネット作品 The New Colossus の中の1883年に発表された詩の中でブルックリンはマンハッタン(ニューヨーク郡)の双子都市と書かれており、ニューヨーク港を2都市を結ぶ空中通路と表現している。双子都市としての性格により初期はマンハッタンとライバル関係にあるキングスであったが、その風潮も徐々に薄れていった。

移民の流入と工業化によりその経済発展も目を見張るものがあった。ゴワナス港からグリーンポイントまでの沿岸は埠頭や工場が立ち並び、ゴワナス運河の開通やニュータウン川と呼ばれる三角江を運河化したことにより輸送も効率化した。装甲艦モニターなどは高度成長時代のウィリアムズバーグの造船所で生産された最も有名な工業製品である。南北戦争後は路面電車を始めとしたインフラ整備も進み、開発はプロスペクト・パークを越えさらに東へと郡の中部まで広がっていった。急激に人口が増加したことにより水道インフラの整備が必要となり中央水道設備の設置の為リッジウッド貯水池を設けた。

しかしキングス郡の端にある村町は現在のように地下鉄網もなかったため依然としてマンハッタンやブルックリンのダウンタウンから隔離された地域であり、またそこに住まう人々も閑静な郊外地域としての環境を保持したいと考えていた。1878年にニューヨーク市地下鉄のBMTブライトン線Qトレイン)が開業したことにより同地域の隔離状態は終焉を迎えた。

スポーツなどの娯楽産業にも華が咲くようになりプロ野球チームのブルックリン・ブリッジルームスはワシントン・パークパーク・スロープなどで試合を行っていた。チームは20世紀初頭に現在のロサンゼルス・ドジャースの前身にあたるブルックリン・ドジャースと名を変えエベッツ・フィールドをホームとした。またコニーアイランドブライトン・ビーチを中心に南部沿岸地域では競馬場やアミューズメントパークが開業し合衆国随一の娯楽産業地域として最盛を迎えた。

19世紀末はその爆発的成長の最後の時代であり地下鉄と工業化は最南端(西側)のベイ・リッジからサンセット・パークまで拡大した。ブルックリン市は1886年ニューロッツ町、1894年フラットブッシュ町、グレーヴセンド町、ニューユトレヒト町、1896年フラットランズ町を併合し、その面積はほぼキングス郡全体に匹敵する大きさとなった。

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出典:Wikipedia
2020/03/10 08:30
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