フジテレビジョン
▼人気記事ランキング
3.歴史
3.1.1950年代
1959年1月に東京都新宿区市谷河田町7番地(現在の新宿区河田町3番1号)に本社ビルを完成させ(本社所在地の変更は1962年)、同年3月1日に東京で3番目(総合局と教育局の区分による都合上で3番目とされているが、総合局と教育局の区分を問わなければ4番目となっている[20])のテレビ局として放送を開始した(放送開始当時は映像出力10 kW、音声出力2.5 kW。1960年1月17日に空中線電力を50 kWに増力した)。
チャンネルは当初「1」を希望していたが、NHK教育テレビNHK総合テレビが獲得[21]。日本テレビが「4」、ラジオ東京テレビ(現:TBSテレビ)が「6」を取得していたため、第8チャンネルとなった。開局から1986年3月31日までのシンボルマークはチャンネルナンバー「8」を図案化したもの(関西テレビや沖縄テレビとは多少異なる)。ロゴタイプ(ロゴ)は産経新聞(当時はサンケイ)やニッポン放送の旧書体に似た旧フジサンケイグループ標準書体(亀倉雄策の作)だった。
8チャンネルを取得したものの日本の黎明期のテレビ受像機は1956年頃までは6チャンネル・チューナーが一般的であったため、新たに開局した8チャンネルのフジテレビを視聴するためには12チャンネル・チューナのテレビ受像機に買い替えるかチューナの増設が必要であった。
1959年3月1日の開局では、9時20分に最初の番組『開局に際して』(初代社長水野成夫による挨拶)が放映。続いて、開局までの模様を映した記録映画『フジテレビの誕生』が放映された。この日の夜には『スター千一夜』が放映開始。当時の映画会社が締結した「五社協定」により、映画スターのテレビ出演が難しい時代であったが、“芸能番組への出演”という形でなく、時事に絡めた社会の話題として取り上げることにより出演を取り付けるという画期的な方法を採った。
1959年6月17日、渡辺プロダクションの制作指揮による音楽番組『ザ・ヒットパレード』が放映開始。
[4]前ページ
(2.沿革)
[6]次ページ
(3.2.1960年代)
~目次に戻る
出典:Wikipedia
2018/08/19 20:30
ソ人気記事ランキング
2018/08/19 更新
 1位石塚運昇
 2位ノモンハン事件
 3位日本航空123便墜落事故
 4位SMAP解散騒動
 5位となりのトトロ
▲上に戻る
[9]Wikipediaトップ
[0]gooトップ
免責事項
(C)NTT Resonant