フランス
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12.文化
12.3.音楽
17世紀前半まではイタリアと並ぶ音楽大国として君臨し、オペラを中心に栄えたが、今日ではこの時期の作品はラモーリュリなどを例外として演奏機会は多くない。その後、ウィーン古典派からロマン派にかけてドイツ圏の作曲家たちに押されて奮わなくなり、パリで活躍する作曲家もドイツ系が多くなった。その一人オッフェンバックの傘下からビゼーが出現するが短命で世を去り、その後パリ楽壇のボス的存在であったサン=サーンスはドイツ人ペンネームを使うなど、一種の文化植民地状態に陥ってしまう。しかし、そのサン=サーンスを批判したフランク(彼もドイツ系ベルギー人ではあったが)が現れたころから独自のフランス音楽を模索する動きが高まり、19世紀末20世紀にかけての「フランス6人組」やフォーレドビュッシーラヴェルらによって一つの頂点を築く。本来は音楽先進国であったため、これらの運動はいわゆる国民楽派には含まれないことが多いが、ドイツ楽派の桎梏を逃れる動きという点では呼応するものがあった。

ポピュラー音楽においては20世紀初頭から1950年代にかけてミュゼットや、いわゆるシャンソンとして知られる音楽が流行し、エディット・ピアフイヴ・モンタンシャルル・アズナヴールなどが活躍した。また、戦前はアルゼンチンタンゴが流行し、アルゼンチンでは「パリのカナロ」などの楽曲が作られた。

また、ジャズが幅広く浸透しており、アメリカのジャズをもとに、独自の音楽性を発展させた形式に特徴がある。具体的には、Zeule と呼ばれる1つのジャンルにすらなっているマグマおよびその関係者であるディディエ・ロックウッドらの音楽がフランス国外でも広く知られている。

1960年代から1970年代にはアメリカ合衆国やイギリスロックの影響を受け、セルジュ・ゲンスブールシルヴィ・バルタンフランス・ギャルジョニー・アリディミッシェル・ポルナレフ、ジュリアン・クレール、アラン・シャンフォー、ロック・バンドではアンジュ、マルタン・サーカス、ズー、テレフォンヌなどが活躍した。1980年代以降は、フランスの旧植民地から出稼ぎにやってきた人々や、活動の拠点を母国からフランスに移した音楽家も活躍し始め、セネガルユッスー・ンドゥールマリ共和国サリフ・ケイタ、アルジェリア系のラシッド・タハやアマジーグ・カテブのような音楽家が活動している。1990年代にダフト・パンクが登場するとエレクトロニック・ダンス・ミュージックの産地としても一定の地位を占めるようになり、ダフト・パンクのほかデヴィッド・ゲッタやジャスティスなどが国際的な成功を収めている。

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出典:Wikipedia
2019/08/18 16:30
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