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ピート・ベスト
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4.近年
時折ビートルズのトリビュートバンドを結成し、日本でもライブを行っている。また、ピートの「ラヴ・ミー・ドゥ」及びメジャーデビュー前の演奏音源、計10曲が『ザ・ビートルズ・アンソロジー1』に収録された[5]

ピートは「僕は長年の間にジョージともう一度会って話し合いたいと思っていたんだ」と語り、1998年リヴァプールのとあるカフェで晩年のジョージと念願の再会を果たし愉しく語り合ったという逸話[6]が巷に広まったこともあったが、これはピート自身が「きのうも同じことを聞かれた。ジョージが亡くなった翌日にシカゴでメモリアル・コンサートがあり、そこでジョージの思い出の話をしただけだよ。62年以降、ビートルズの誰にも会っていないんだ」とはっきり否定している[7]

さらにピート自身は「僕はジョンとポール、またはマネージャーのエプスタインに関してはいい思い出はまったくない。ただし、ジョージだけは違う。彼は控え目でナイーブでナイスガイなんだ。彼は失意に陥った僕を密かに慰めてくれ、僕に元気を与えて、将来の夢を語り合ったんだ。僕にとってジョージこそビートルズの真のメンバーだと思っていたんだよ」と述べている[6]。また、ピートとの再会こそ実現しなかったが、ジョージも上記のコメントにあるように「僕は当時のジョンとポールまたはエプスタインのことを考えると、ピートに何もしてやれなかった。そのことが大変申し訳なく、いつまでも自分の心に引き摺っていた。長年の間に再びピートに会って当時のことをいつか謝りたいと思っていたんだ」とも述べていた。

3年後の2001年、ジョージは肺癌脳腫瘍により他界。ピートはその訃報に大きく落涙した。その後は黙祷し「僕のビートルズ時代の親友が亡くなった…1人の親友が亡くなったのはとても悲しいことさ。さようならジョージ…今までありがとう。君のことはいつまでも忘れないよ。そして君のために僕も最後までミュージシャンとして全力でみんなのために演奏するよ」と語ったという。

1995年の「ザ・ビートルズ・アンソロジー」アルバム発売時、ポール・マッカートニーはピートに直接電話して、アルバムに収録されたピート演奏の10曲の印税約800万ポンドを支払うことを提示し、ピートはこれを受け取った。これが、解雇の一件以来ビートルズの元メンバーとピートが交わした初めての会話だった[8]

近年、ピートはビートルズが使用したアビー・ロード・スタジオを訪れている。

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(3.5.結果)
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(5.脚注)
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出典:Wikipedia
2019/12/01 15:31
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