ヒップホップ
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2.詳細
歴史については、こちらも参照のこと→ヒップホップ音楽の歴史
その創始には諸説が有るが、一般的に1970年代初期に生まれ、クール・ハークブレイクビーツの発明者)、グランドマスター・フラッシュ[4]スクラッチ技術を普及)、アフリカ・バンバータ(ヒップホップという言葉の生みの親)の3大DJたちの活躍によって、それまでのコミュニティ・パーティを超えた音楽として広がり始めた。

曲調やダンス、ファッションなどのスタイルを、それぞれオールド・スクール(Old School、1970年代 - 1980年代)、ニュー・スクール(New School, 1990年代以降)と呼ぶ。1980年代後期 - 1990年代前期は音楽面で革新的な技法・作品が多く生み出されたことから、特にゴールデンエイジ・ヒップホップとも呼ばれる場合もある。当時隆盛を極めていたニュージャックスウィングの影響を受けた楽曲もこれに含まれる。日本ではこの時期をミドル・スクール(Middle School)と表現することがある。ミドル・スクールのラッパーには、LLクールJ、ランDMC、UTFO、フーディニらがいた。

オールドスクールのヒップホップミュージックは、DJとMCの融合が完全にされていない時代であったため、歌詞よりリズムを主体とする。ファッションはRun-D.M.C.に象徴される、(イエロー)ゴールドアクセサリージャージスニーカーなどである。

ニュー・スクールは、90年代初頭までを指す場合が多い。ニュー・スクールのラッパーには、デ・ラ・ソウルア・トライブ・コールド・クエスト、リーダーズ・オブ・ザ・ニュースクールらがいた。ファッションは、シルバー(銀製品に限らず、ホワイトゴールドプラチナなど、シルバーカラーの)アクセサリー、特に近年は成功者の象徴としてダイヤモンドをあしらった装飾具が好まれる傾向にある。サイズの大きな衣服や、バギースタイルのパンツ(大きいサイズのダブついたズボン)を選び、腰履きで着こなすアーティストが多い。大きい服を着るようになったのは、刑務所の囚人服は、走ることや格闘が困難になるように、必要以上に大きめのサイズが用意されている。そのため腰がずり落ちてバギーパンツになった。出所後も「ムショ帰り」を誇示するために着用された、とする説がある。しかし、貧困のために頻繁に服を買ってやれない親が、成長してからも着られる大きいサイズの服を買い与えたところからとする説が有力である。

別なカテゴライズとして、アーティストの出身地などから、ヒップホップ発祥の地であるニューヨークなどのアメリカ東海岸におけるイースト・コースト・サウンド、ロサンゼルスなどのアメリカ西海岸におけるウエスト・コースト・サウンド(ウエスト・サイド)といった、地域による分け方がある。初期のイースト・コースト・サウンドは、ジャズトラックを使用した楽曲が多く、対して初期のウエスト・コースト・サウンドは、Gファンクと呼ばれる、Pファンクなどをサンプリングし、シンセサイザーなどの電子音を取り入れたトラックに、ギャングスタ・ラップと呼ばれる、ギャング出身者が、そのライフスタイルを歌詞にしたラップを乗せることが多かった。近年はサウス(南部)やミッドウエスト(中西部)と呼ばれるローカルサウンドも登場している。サウスのトラックは、バウンスビートが特徴である。ヒップホップのポピュラー化により、東海岸でギャングスタ・ラップをするものが現れたりするなど、地域による分類が、MCの出身地訛り以外では、それほど意味をなさなくなっている。地域性よりも、ファレル・ウイリアムスカニエ・ウェストといったプロデューサーたちの音楽性が、楽曲の特徴になっているのが現状である。しかしその一方、これらの地方性の名称に固執する日本のリスナーも多くいる。彼らが「ウエスト」と言った場合、90年代の西海岸アーティストの作品、「サウス」と言った場合は2005年以降に輩出された南部出身アーティストの作品を指すこと多い。例えばアウトキャストは南部出身だが、いわゆる「サウス」と呼ばれる楽曲には含まれないという、近年は矛盾があるカテゴライズである。

R&Bレゲエとの境界は、それらジャンルのアーティストとのフィーチャリングなどにより徐々に薄れつつある。

中華人民共和国では、ヒップホップ文化が薬物使用や体制批判に結び付きやすいことに警戒。2018年1月、監督官庁の国家新聞出版ラジオ映画テレビ総局は、テレビ、ラジオ番組でヒップホップなどを取り上げない方針を打ち出している[5]

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(3.ヒップホップ東西抗争)
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出典:Wikipedia
2019/09/30 15:30
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