バハーイー教
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5.歴史
5.2.バハー・ウッラー ── 神が顕し給う者
ガージャール朝に仕える高級官僚の家系に生まれたミールザー・ホセイン・アリーは、バーブ教が開かれた直後からバーブの信徒で、1852年に政府により逮捕され拘束された。このテヘランでの獄中生活の最中に、彼は自身がバーブが予言した「神が現し給う者」であると最初に受け取ったとされる。9年後の1863年、ホセイン・アリはイラクのバグダード(オスマン帝国領)に追放されるが、ここで彼は正式に、自身がバーブの予言した、「神が顕し給う者」であると宣言し、アラビア語で「神の栄光」を意味するバハー・ウッラーの称号を名乗った。これがバハーイー教の実質的な始まりである。

バハー・ウッラーの教えはバーブ教のほとんどの信徒に受け入れられたが、バハー・ウッラー自身はイラン政府とオスマン政府の警戒を受けて、バグダードからイスタンブールエディルネに移され、最終的には1868年パレスチナアッカ(アクレ)に流され、後にその近辺にあるバージに移り、1892年にそこで昇天した。アッカ及びバージの地はバハーイー教徒にとっての聖地となっている。

アッカやバージ以外でバハーイー教の聖地はハイファカルメル山の斜面に位置するバーブの聖廟とその周辺地域である。バーブの遺骸は、イランから聖地へ運ばれ、バハーウッラーによって指定された場所に築かれた聖堂に埋葬された。

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出典:Wikipedia
2019/09/13 18:00
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