ハプニング
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2.変貌するハプニング
ハプニングの起点はアラン・カプローの、ジャクソン・ポロックアクション・ペインティングへの多大な関心にあった。(1.ペインティング Painting)

カプローはそれを展開してアクション・コラージュを考案した。(2.アッサンブラージュ Assemblage)

それにさらに空間的な要素を追加した。(3.エンバイラメント Environment)

そして出来上がった「描く自分とその対象物」という構図はわずかにスライドし「自分と様々な物質の相互作用」という構図に落ち着いた。(4.ハプニング Happening)

空間的な要素を追加するきっかけになったのは、1958年にカプローが学んでいたニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチでジョン・ケージの講義を受けたことによる。(同じクラスに、アル・ハンセン、ジョージ・ブレクト、ディック・ヒギンズなどがいた。)

カプローは、演劇やゲーム、あるいはスポーツといった既存の概念を避けるように心がけ、イベントを数多くこなしていく間に「自らのハプニングの定義」を明確にしていったが、ハプニングは様々な芸術家に愛されていく中で、少しずつその概念や役割を変えていった。

演技や個性のドラマティックな表現の否定。アクションの起点となる楽譜を「正確に」緊張に耐えてアクションを遂行する。(ジョン・ケージ一派、ラ・モンテ・ヤングなど)

ハプニングの瞬間的衝動に基づく行動を定型の舞踊に持ち込み、その境界を揺さぶる。ジャディソン教会ホールを中心に「ダンス・イヴェント」の名でさかんに行われた。(アン・ハルプリン、イヴォンヌ・ライナー、ロバート・モリスなど)

1964年、イギリスのエジンバラで行われた国際演劇会議の「未来の演劇」の日に、ケネス・デューイは会議そのものをハプニングにしてしまった。(後にフルクサスが行う『フルクサス会議』のさきがけといえる)

物体の破壊や恐怖で観客に「もっとアクティブになれ」と挑戦する。西ドイツの「デ・コラージュ」(ヴォルフ・フォステル、ナム・ジュン・パイク

当初は「芸術と日常の垣根をなくす」という反芸術的な意図でハプニングを用いたが、メンバーの多さ・曖昧さ・リーダーへの反発などの様々な理由で徐々にメンバーそれぞれの特徴をもったハプニングが生まれるようになった。演劇やゲーム、あるいはスポーツといったカプローが避けていた概念を持ち込み、ユーモアにあふれたハプニングを展開した。また、ハプニングとは別の「イヴェント」という表現活動も行った。

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出典:Wikipedia
2019/07/26 17:00
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