サービス終了のお知らせ
ハンティントン・アベニュー・グラウンズ
▼人気記事ランキング
概要
ハンティントン・アベニュー・グラウンズHuntington Avenue Grounds)は、アメリカマサチューセッツ州ボストンにかつてあった野球場。1901年から1911年までMLBボストン・レッドソックスの本拠地球場として使用された。
1901年に球団創設されたボストン・アメリカンズの本拠地として同年に開場。アイルランド系移民が多く住む地区の一画に建設され、球場の周りには工場やビール醸造所、倉庫などが立ち並んでいた。また、線路を挟んだ向かいには、ボストン・ブレーブス(現アトランタ・ブレーブス)の本拠地サウス・エンド・グラウンズもあった。アメリカンズはその後サマーセッツ(1902年)→ピルグリムス(1903年〜1906年)→レッドソックス(1907年〜)と球団名を変えながら、1911年までハンティントン・アベニュー・グラウンズを本拠地にした。
1912年からレッドソックスはフェンウェイ・パークに移転した。使う球団がなくなったハンティントン・アベニュー・グラウンズは取り壊され、ノースイースタン大学が跡地に建設された。マウンドがかつてあった場所にはサイ・ヤングの銅像が建てられた。 ハンティントン・アベニュー・グラウンズで歌われていた応援歌は,ナフ・セッド・マグリーヴィ率いるロイヤル・ルーターズと呼ばれるファンの一団が、1902年のブロードウェイ・ミュージカルの「The Silver Slipper」で歌われた「Tessie」を熱唱していた。  この「Tessie」は1世紀後、地元ボストンのパンクバンド、ドロップキック・マーフィーズのアレンジで蘇り、2004年にワールド・シリーズを制した際に歌われた。  「Tessie」は今でもレッドソックスの応援歌で、レッドソックスが勝利すると、フェンウェイ・パークに流されている。
主要な出来事
1901年5月8日、アスレチックス戦で開場(アメリカンズ 12 - 4 アスレチックス)。
1901年7月12日、サイ・ヤングが通算300勝を達成。
1903年10月、第1回ワールドシリーズ開催。ハンティントン・アベニュー・グラウンズでは第1戦〜第3戦(1日〜3日)と第8戦(13日)が行われた。ピルグリムスが通算5勝3敗(ハンティントン・アベニュー・グラウンズで2勝2敗)でパイレーツを下し、初代ワールド・チャンピオンになった。
1904年5月5日、サイ・ヤングが20世紀初の完全試合を達成した。(レッドソックス 3 - 0 アスレチックス)。
1904年9月20日、サイ・ヤングが通算400勝を達成。
1911年10月7日、セネターズ(現ツインズ)戦で閉場(レッドソックス 8 - 1 セネターズ)。
出典:Wikipedia
2016/01/21 14:00
ソ人気記事ランキング
2020/02/17 更新
 1位日本
 2位黒谷友香
 3位槇原敬之
 4位岡崎美女
 5位野村沙知代
▲上に戻る
[9]Wikipediaトップ
[0]gooトップ
免責事項
(C)NTT Resonant