ヌエバ・エスパーニャ
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2.歴史
2.1.メキシコおよび中央アメリカへの入植
スペイン人によってまずはカリブ海の島々に植民都市が形成された。これらの都市はアメリカ大陸征服の拠点とされた。1521年にアステカ帝国の征服が完了すると、中央メキシコではアステカの首都テノチティトランがヌエバ・エスパーニャの主要な入植地に転換され、メキシコはスペインのアメリカ大陸植民活動の重要な拠点であり続けた。初期のヌエバ・エスパーニャのスペイン系入植都市は次のようなものがある[1]

スペイン人による小さな港町ベラクルス(1519年)とメキシコ・シティ(1521-24年設立)の間にはプエブラ・デ・ロサンジェルス(1531年)やColima(1524年)が設立された。メキシコ・シティの北では、ケレタロ(1531年頃)が設立され、バヒーオと呼ばれた広大な農地となった。メキシコ市の北西にグアダラハラ(1531?42年)が設立され、この地域の主要なスペイン系都市となった。メキシコ・シティの西にはValladolid(1529年、Michoacan)が設立された。メキシコ・シティの南ではアンテケラ(1526年)がオアハカの中心となった。サンティアゴ・デ・グアテマラ(1524年)メリダ(1542年)、 カリブ海の小さな港としてカンペチェ(1541年)がユカタンに設立された。カンペチェとベラクルスの間には海上貿易が行われていた[2]。副王領が設立されるまでの最初の20年間、いくつかの現在でも重要な位置を占める都市が設立された。北のサカテカス(1547年)は後に銀鉱で栄えた。ここはどう猛な遊牧民のチチメカ族のエリアであり、チチメカ戦争などのスペイン人との争いが起こった[3][4]

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出典:Wikipedia
2019/03/11 00:01
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