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ニューヨーク・ヤンキース
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2.球団の歴史
2.12.新球場移転、再び王者へ
迎えた2009年、2代目となる新ヤンキー・スタジアムが開場。前年にプレーオフ進出を逃した反省から、CC・サバシアA.J.バーネットマーク・テシェイラら各球団の一線級の選手を獲得するなど、総額4億ドル以上もの大補強を行った。また、世界のスポーツチームの平均年俸ランキングにおいて1位(約7.1億円)となった[2]。シーズン序盤こそ勝率5割前後と苦戦が続いていたものの、5月に入る頃には低迷していた各選手の調子が上がり、一気に勝ち星を重ねた。特に新球場が打者有利ということもあり、打撃陣が好調で、20本塁打以上が7人、チームOPSは.839に及んだ。また投手陣も強力な打線の援護を受け、サバシアをはじめとする先発陣が一年を通してローテーションを守った。一塁守備ではMLB屈指のテシェイラの加入、守備範囲の向上したジーターの活躍により守備の安定感が増したのも大きかった。5月以降は91勝49敗という圧倒的な強さをみせ、最終的に103勝59敗と2位のレッドソックスに8ゲーム差をつける大差で地区優勝を果たした。ディビジョンシリーズではミネソタ・ツインズを3連勝で下すと勢いに乗り、リーグチャンピオンシップシリーズでは苦手のエンゼルスも4勝2敗で下した。ワールドシリーズでは前年チャンピオンのフィラデルフィア・フィリーズと対戦。1試合6打点のMLBタイ記録を含むシリーズ3本塁打・8打点を記録した松井秀喜の活躍もあり、4勝2敗でフィリーズを下し、9年ぶり27度目となるワールドチャンピオンに輝いた。

2011年8月25日、アスレチックス戦でMLB史上初の1球団による1試合3満塁本塁打を記録。両チーム合わせて3満塁本塁打は1986年1987年に1度ずつ記録している。内訳は、5回裏にロビンソン・カノ、6回裏にラッセル・マーティン、8回裏にカーティス・グランダーソン。試合は22-9でヤンキースが勝利した[3][4]。地区優勝を果たし、ディビジョンシリーズに出場するも、中地区のデトロイト・タイガースに対し2勝3敗でリーグチャンピオンシップシリーズ出場を逃した。オフの、2012年1月13日、FAの黒田博樹を1年契約で獲得。同日、シアトル・マリナーズとのトレードで、ヘスス・モンテロヘクター・ノエシを放出し、2011年の新人王候補にもなった、マイケル・ピネダを獲得した。

2012年7月23日、D・J・ミッチェル投手とダニー・ファーカー投手と移籍金のトレードで、イチローを獲得した[5]。シーズンでは2009年のチーム記録を更新する245本塁打を放つなどし、概ね首位を維持していたが終盤に失速し、最終的に10月3日のシーズン最終戦のレッドソックス戦で地区優勝を果たした[6]ディビジョンシリーズではワイルドカードのボルチモア・オリオールズと対戦。3勝2敗でリーグチャンピオンシップシリーズ出場を果たしたが、デトロイト・タイガースに0勝4敗と全敗しワールドシリーズ出場を逃した。シーズンオフの12月14日シカゴ・ホワイトソックスケビン・ユーキリス1月31日クリーブランド・インディアンストラビス・ハフナーを獲得した。

2013年3月26日、エクシカルド・ケヨンズ、クレイマー・スニードとのトレードでバーノン・ウェルズを獲得。5月21日に、ヤンキースがサッカーのプレミアリーグマンチェスター・シティーと共同出資して新チームを発足させ、2015年からMLSに参入する事が発表された。チーム名はニューヨークシティFCで、ニューヨークに本拠地を置く予定である。[7]シーズンではデレク・ジーターのほか、アレックス・ロドリゲスマーク・テシェイラカーティス・グランダーソン、新戦力のケビン・ユーキリスら主力野手が怪我で離脱。チームは序盤好調だったが、5月下旬に首位を明け渡すと、夏以降低迷した。最後までワイルドカード進出を争ったが叶わず、2008年以来5年ぶりにプレーオフ進出を逃し、地区3位タイ(ボルチモア・オリオールズと同率)でシーズンを終えた。打者の離脱が響き、チームOPSはリーグ13位(.683)、本塁打は14位(144本)と打線が近年稀に見る低調だった。この年限りでマリアノ・リベラアンディ・ペティットが引退。リベラの背番号「42」は永久欠番となった。

2014年1月22日田中将大と7年総額1億5500万ドルの契約で合意した。5月8日ジョー・トーリの背番号「6」を永久欠番に指定することを発表した。7月24日、ア・リーグ史上初となる通算10000勝を達成した。しかしチームは低迷、1993年以来21年ぶりに2年連続でプレーオフ進出を逃した。そして、この年限りでデレク・ジーターが引退した。

2015年2月16日アンディ・ペティットの背番号「46」、ホルヘ・ポサダの背番号「20」、バーニー・ウィリアムスの背番号「51」を永久欠番に指定することを発表した[8]。シーズンオフの11月11日アーロン・ヒックスミネソタ・ツインズとのトレードで、12月17日スターリン・カストロを7年ぶりにポストシーズンに進出し、リーグ優勝決定シリーズまで勝ち進んだシカゴ・カブスとのトレードで、12月28日シンシナティ・レッズとのトレードで、アロルディス・チャップマンを獲得した[9]ものの、FAでの獲得ではない為2015年冬の移籍市場でメジャー30球団では唯一そして球団史上初めてFA選手を誰一人獲得しなかった。

2016年シーズンが始まるとトレード期限となる8月1日時点ではまだ首位と6.5ゲームと少なくともワイルドカード争いに入った頃に、4選手を一気に放出する事になった。まず7月25日にレッズからトレードした筈のチャップマンがわずか7ヶ月でナショナルリーグ中部地区首位を走るカブスに放出したのに続き、7月31日に去年は36セーブと抑えを務め、チャップマンの前に当たるセットアップマンを務めたアンドリュー・ミラーがアメリカンリーグ中部地区首位を走るクリーブランド・インディアンズに移籍と勝利の方程式を担うベタンセスからバトンを引き継ぐはずの後ろ2人を失う。そして8月12日に現役通算696ホームランを記録したアレックス・ロドリゲスがシーズン途中で突然の引退。同月1日には先発ピッチャーで当時チーム2位タイの7勝を挙げていたイバン・ノバピッツバーグ・パイレーツに、そして田中と同じタイミングで入団しここまで打撃陣を引っ張っていたカルロス・ベルトランがアメリカンリーグ西部地区首位を走るテキサス・レンジャーズに移籍と、1週間で4人の主力を他地区の上位チームに一気に奪われてしまったのが致命傷となり、優勝争いから脱落。ゲイリー・サンチェスアーロン・ジャッジタイラー・オースティンのルーキートリオからなるベイビーボンバーズの台頭、開幕当初は右ひじの不安がありながらもチーム最長の1992/3回を投げた田中の頑張りも空しく僅かながらに残ったワイルドカード争いも過去2シーズンの東部地区優勝チーム(一昨年のオリオールズ、昨年のブルージェイズ)の後塵を拝する形で脱落していった。またノバ以外に移籍した選手がそれぞれ地区優勝を果たすという皮肉まで生じた。ベルトランの移籍、ロドリゲス、マーク・テシェイラの現役引退によりチームの平均年齢は一気に若返った。

2016年12月6日デレク・ジーターの背番号「2」を永久欠番に指定することを発表。12月15日シカゴ・カブスからFAとなっていたアロルディス・チャップマンの復帰が決定した。

2017年はプレーオフに進出したもののセカンドステージでアストロズに敗退した。10月26日にジョー・ジラルディ監督が契約満了となる同年シーズン限りで2007年から10シーズンに渡り務めたヤンキース監督を退任することを表明した。12月4日にアーロン・ブーンが監督に就任することが発表された。

2019年6月25日の対トロント・ブルージェイズ戦でMLB史上最長となる28試合連続本塁打を達成した。これまではテキサス・レンジャーズが2002年シーズンの8月11日から9月9日にかけて作った27試合連続本塁打が最長で、ヤンキースは今回、5月26日からの1か月間でこれを更新した。その間に本塁打を放ったヤンキースの選手は14人。最多はゲーリー・サンチェスの8本塁打だった[10][11]。更に翌26日の対ブルージェイズ戦で、メジャー記録となっていた連続本塁打記録を29試合に更新した[12]。9月19日、マジック「1」で迎えたエンゼルス戦(ヤンキー・スタジアム)で9-1と快勝。今季100勝目(54敗)を挙げるとともに、2012年以来7年ぶり19度目のア・リーグ東地区優勝を果たした[13][14]ブレット・ガードナーは、26号ソロを含めて3打点の活躍を見せ、その一発はヤンキースにとってMLB歴代1位となるシーズン290本目のホームランとなり、今季のミネソタ・ツインズが記録した289本を更新した[注 1]。アーロン・ブーン監督は、指揮官として初の地区優勝を成し遂げたほか、通算200勝目もマーク。就任後の2シーズンでいずれも100勝以上を記録したMLB史上初の監督となった[15]ア・リーグ地区シリーズでは、ミネソタ・ツインズに3連勝と快勝し、2年ぶりのア・リーグ優勝決定シリーズ進出を決めた[16]ヒューストン・アストロズとのリーグ優勝決定シリーズでは、初戦は7-0と快勝したものの、2戦目から3連敗を喫し、後が無くなり、第5戦は勝利したが、第6戦目では9回まで2-4とリードされるも、DJ・ルメイユが起死回生の2ラン本塁打を放ち、同点に追いつく。しかし、直後の9回裏にアロルディス・チャップマンがホセ・アルトゥーベにまさかの2ラン返しをされサヨナラ、4-6で惜敗。2017年に続いてアストロズの前に敗退した。故障者が続出するシーズンで100勝以上を挙げた地力が、ポストシーズンでは跳ね返された。ヤンキースは2009年を最後にリーグ優勝、ワールドシリーズ制覇から遠ざかっており、今季の敗退で2010年代は一度もリーグ王者の座に就かずに終えた。1920年代から各年代で少なくとも一度はリーグの頂点に立っていただけに、屈辱の10年となった[17]

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出典:Wikipedia
2020/01/22 15:00
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